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 ルフィルの先導で案内されたのは、なんとも寂れた感じの城下町を抜けて城門をくぐり、深い森へ入っていった獣道の先にある、小さな山小屋だった。周りを巨木が囲っているから小さく見えるだけで、僕の生まれ育った家より広いけれど、木作りの平屋建てで何とも質素な感じだ。

 玄関前は広く解放されていて、そこの切り株は、切込みがたくさん入っているところから察するに、薪割りに使う台のよう。木の皮で葺いた屋根は、丁寧に手入れされていてとてもきれいだ。

 その家の前には、多種多様な生物が勢揃いしていた。

『お帰り、ハーン』

 九人いるらしい彼らを代表するように、背中に悪魔のような骨ばった翼を生やした美丈夫が、前に進み出た。それに唱和するように、みんなが口々に『お帰り』と言ってくれる。

 そういえば、お帰り、なんて言われたの、すごく久しぶりだ。ここが自分の家だとはさすがにまだ全然思えないけれど、そう言ってもらえるのはすごく嬉しい。自分が安心できる場所に到着した感じがするんだ。

『ほら、ハンペータ。何か言うことはないの? みんな、貴方が答えてくれるのを待ってるわよ』

 お節介焼きのメリィアンに突かれて、僕はやっと、答えるべき言葉を思い出す。

「ただいま」

 何年ぶりかな、この言葉。すごく温かい言葉だったんだって、今更気付いたよ。


 みんなに急かされるように家の中に入る。モーリーが余裕で入れる大きな玄関をくぐると、奥に台所の見えるリビングで、中央には大きな切り株が一つ。これがきっと、皆一斉に席に着くことのできるテーブルなんだろう。ちょっと低めなのは、それこそ大小さまざまな仲間たちだから。

 一つだけある椅子に座らされて、古いひざ掛けをかけてもらった。きっとハーンが愛用していたものなんだろう。ざっくりと編まれた毛編みのひざ掛けで、とても暖かい。

 僕が座ったのを見届けて、彼らは我先にと定位置に散らばっていった。僕の右隣がルフィル。左隣はメリィアン。

 皆が座ったのを見回して、メリィアンが一つ咳払いをする。

『さて、ハンペータ。仲間たちを紹介するわね』

 ばさっと一羽ばたきしてテーブルの上に乗ると、ジャンプしながらルフィルの前に移動。そして、僕の方を振り返る。今回は、首だけではなくて身体ごとだった。

『ルフィルは、知ってるわね。仲間の中では特攻の役目を多く担っているわ。黒豹ならではの俊敏な動きに加えて、再生能力が高いの。ちょっとの傷ならあっという間に消えてなくなるわ』

 それは、すごい。でも、傷は傷だもの、痛いんだろうな。

「怪我はしないに越したことは無いよ」

『もちろんよ。そのために、瞬発力の高いしなやかな筋肉を持っているの。咄嗟の判断で攻撃を避け、怪我を最小限に抑えるのも、特攻としての大事な要素よ。大怪我を負って治るのを待っている暇などないもの。その点、ルフィルは優秀だわ。安心して任せられる。でなきゃ、ハーンがルフィルに特攻なんてさせるものですか』

 最後の一言を言った途端に、メリィアンは片翼を広げて口元を隠した。何か、言ってはいけないことを思わず口走ったような反応だったけれど、今問題発言に当たることを言っただろうか?

 不思議に思ってルフィルを見やれば、苦々しげな表情を返して、ルフィルはぷいとそっぽを向いてしまった。その苦笑のような悔恨のような複雑な表情が、表情筋がそれほど発達していないと言われる猫顔に見えるのだから、僕もルフィルの顔を見慣れたということなのだろう。

 メリィアンはそれ以上はルフィルに触れず、その隣に移動していった。

 ルフィルを皮切りに一周回って、一人ひとりの名前と種族、それに特殊な能力や仲間内での役割を教えてくれるのを、僕は頭に叩き込んでいく。ここで暮らす限り、彼らとはずっと一緒なのだから、早く仲良くなりたいしね。

 ルフィルの隣にいたのは、直立歩行することが出来るウサギだった。黒豹の隣にウサギがいるというこの光景自体にちょっと驚く。仲間内で弱肉強食の関係などあり得ないのはわかるけれど。

 その灰色の体毛をしたウサギは、兎種の混合種でノーラという女の子。耳が良く1キロ先の針が落ちた音も聞こうと思えば聞こえるらしい。ウサギという種族柄、予想しないでもない能力ではあるが、一キロ先のかすかな音を聞き分けるなんて、すごい能力だ。

 その隣は、大蛇。シースーという女の子で蛇種の混合種、毒や薬のスペシャリストなんだそうだ。大きさも自由自在で、今は僕によく見えるように大蛇と言えるほどの大きさだけれど、ミミズくらい小さくもなれるのだとか。自由自在と言っても、最小サイズでミミズほど、最大サイズでは体積がこのテーブルくらいで、長くも太くもなれるというから、今はちょうど中間くらいだろう。

 さらにお隣は、先ほど荷物を運んでくれたモーリー。熊種の混合種で、力仕事を全般的に請け負っているというから、特筆すべき特殊能力と言えばそのバカ力なのだろう。

 次は、狐種の混合種でトーレンという男の子。ルフィルを抜く俊足の持ち主で、風に紛れて瞬時に移動するほどだという。それは大げさだとしても、かなりのものなのだろう。しかも、掏りの名手と来た。

 さらに隣は、狼種の混合種でドンファンという男の子。聴覚と嗅覚が発達しているのはルフィルと同じで、彼はルフィルほど再生能力が高くないため、斥候の役目を担っている。ちなみに、ルフィルとは仲が悪いらしく、たまに目が合うと、バチバチッと火花が飛んでいる。

 その隣は、先ほど代表で「お帰り」と言ってくれた、あの翼が生えた美丈夫だ。ディグダという名で、本来はこの世界ではなく、混合種の子達の体内に流れる異界の生物の出身地、ドラスゴニアからやってきたドラゴンだそうだ。あの背中の羽根はドラゴンの羽根だったんだ。

 その世界では、ドラゴンが人の姿に変身するのは当然のことだそうで、こちらの混合種が人間に変身できないことに驚いているのだと言う。

 ちなみに、混合種を作り出す材料として連れ去られた、自分の世界の生物を連れ戻すためにこちらにやってきて、事故にあったため帰る手段を失ってハーンのもとに身を寄せていたのだそうだ。

 そのお隣は、ディグダの隣に立っているととてもお似合いのカップルに見える美人女性だ。背中に生えている翼が、白い鳥の翼であるところだけが違っている。ルーシーという名の有翼人種で、彼女はこの世界固有の生物だそうだ。

 その見た目から天使と呼ばれていて、人間の貴族たちの愛玩動物として人気が高い種族であるらしい。ルフィルは自分自身の再生能力に長けているが、彼女は他者の治癒能力を持っていて、その手で触れると傷を癒すことが出来るのだそうだ。まさに天使。

 さらにお隣は、レイリーという大虎。混合種ではなく単独種で、もうすぐ寿命を迎えるかなり高齢のお爺ちゃん虎だ。今はここにいない孫のライアンが、レイリーの跡を継ぐと意気込んでいるらしい。

 その隣も単独種で、ナーダという白い毛並みが美しい牝馬だ。ハーンに仕えていたのはその祖先のナタリーで、ハーンの死後はバル王家の厩舎で大切にその血筋が守られてきたのだという。バル王家のハーンに対する思いの深さが伺える話だ。遠方に出かける際の乗馬として使ってほしいとのことで、本人も僕に乗ってほしいと目を輝かせた。

 っていうか、僕は混合種だけではなくて単独種とも話が出来るんだね。今更ながらにビックリ。お隣の夜中によく吠えるスピッツのミックに、その理由を聞いてくれば良かったな。ずっと気になってたんだ。

 最後は、ドリスという名の白鷲種の混合種。視力が良いのが特殊能力だそうだ。メリィアンに惚れて惚れて百年間アタックし続けているんだって。おやめよ、なんてメリィアンが突っ込んでたけれど、まんざらでもないんじゃないかな、彼女も。ただ、生活時間帯が正反対なのがネックだよね。ドリスは鳥目で昼型だけれど、メリィアンはフクロウだから完全な夜行性だもの。

 メリィアンを含めた十二名の仲間たち。彼らが、五十年前ハーンが命を落とした当時、ハーンの眷属として活躍していた顔ぶれだった。

 みんな、優しくて明るくて、付き合いやすい感じがする。日本ではほとんど友だちの出来なかった僕にとっては、とてもありがたいと思うんだ。

「僕は、半平太です。たぶん、ハーンさんほど賢くないし、魔法とかも今は全然使えないけど、いろいろ教えてくれたら嬉しい」

『歓迎するよ、ハンペータ。一日も早くこの世界に慣れることができるよう、我々も全面的に協力することを約束しよう。他の世界から来た先輩として、私にも遠慮なく相談して欲しい』

 やっぱり代表してディグダがそう言うのに、僕はその返事そのものがすごく嬉しくて、涙がこぼれるほどだった。隣に大人しく座っていたルフィルがそっと身体を寄せてくれる。何も言わない何気ない仕草だけれど、その気持ちに自然に縋ってしまう僕がそこにいた。





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