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 案内された玉座のすぐ側のドアを入った会議室には、一枚だけ肖像画が飾られていた。その姿は、確かに、今の僕を描き表したかのような、僕にそっくりな人の絵だった。きっと、二十歳頃の僕はこんな姿だろうと思う。

 それにしても、大賢者と言われる人物にしては、若すぎないだろうか。

 荷物を引いたまま、肖像画のすぐ下に立って見上げてしまった僕に近づいてきて、ルフィルはそっと僕の足に身体を摺り寄せた。するりと足にまとわりつく美しい毛並みに、思わずうっとりする。漆黒とも呼べる黒い体毛は、しっとりと濡れたような艶を帯びていて実に美しい。

 肖像画を見つめていたはずの僕がルフィルを見下ろしているのに、彼自身も気付いてゴロゴロと喉を鳴らした。まるで飼い猫のような反応だ。

『綺麗だろう?』

 それは、肖像画に対する賛辞の言葉だった。自分が仕えた誇るべき主人の絵姿だ。自慢するのは当たり前だ。

 実際、とても綺麗な人だった。一瞬性別を迷うほどの美貌に、ルフィルの毛のように艶を帯びた綺麗な黒髪。背中まで伸ばしていたらしく、後で赤いリボンで括っている。

 服装は、実に質素なものだった。お尻まで隠れる長めのチュニックで、胸元を紐で綴じている。下は絵に描かれていないが、バル王や先ほど働いていた人たちの姿から想像するに、おそらく僕たちが穿いているズボンと大差ない。寒かったのか、肩にストールをかけている。

「綺麗な人だね」

『あぁ。ハンペータも、後五年もすればこんな感じだろうな。よく似ているぞ』

「僕は、こんなに美人じゃないよ」

 顔立ちは似ている。親子を疑うほどにそっくり。だけど、僕は自分で顔立ちが整っている方だとは思っていないし、こんなに穏やかな表情が出来るほど、世の中を悟っているわけでもない。

 今だって、こうしてこの世界に立っていることをすでに後悔しているくらい。

『ハーンは、歳を取らないからな。この当時、五十歳だ』

「……はぁ?」

 ハーンって、人間だよね? この絵を見る限り、間違えようの無いほどはっきりと、人間だ。それも、どう見ても二十代。

 一体、どういうカラクリ?

『話しただろう? ハーンは、この国の歴史上でも最も優秀な魔法使いだ。ハンペータが無意識に表したように、潜在能力も高い。不老の術を自らにかけるくらい、わけもないことだ。俺たち混合種は、一番弱い小鳥種や小動物種でも千年は生きるくらいに長寿だ。その俺たちと対等に交渉を続けていくつもりなら、百年やそこらで死んでいる場合ではなかったのだよ』

 だから、不老の術を自分にかけた。老化による体の衰えで衰弱死することのないように。人間と動物たち、混合種のみんなが幸せになれるように、自らをそこまで犠牲にするほど、意志が堅かったんだ。

 そんな人間が本当にいるのなら、それは尊敬に値する。きっと、必要だからそうしただけで、自己犠牲なんていう意識もなかったに違いない。そのくらい、ルフィルの表情は誇らしげなんだ。

 それから、彼は僕にもう一度擦り寄って、言葉を続けた。

『ハンペータも、俺たちと同じくらい、長く生きていて欲しい。俺はまだ、三百年かそこらしか生きていないから、寿命はまだまだ先だ。主に先立たれるのは辛いんだ。強制するつもりは無いが、わかってくれたら嬉しい』

「僕には、そんなことの出来る力はないよ」

『教えるさ。俺はそういう細かいことは得意じゃないが、ハーンの良き相談相手となっていた頭脳労働が得意な奴も仲間にはいる』

『そうよ。ワタシみたいにね』

 突然、僕たちの会話に割り込んできたのは、近所のオバサン的な中年女性っぽい声で。

 バサリ、と音を立て、大きな鳥が翼を羽ばたかせる。会議室だから広いとはいえ、天井の低いこの室内で。

 入ってきたドアとは別の扉を開けて、バル王がその鳥を招きいれたらしい。それは、白いフクロウのようだった。フクロウはまっすぐに部屋の中を突っ切って、当然のように僕の持っていたカバンの上に着地した。

『あぁ、もう、昼間に出歩くなんてこれっきりにして欲しいわね。眩しくて仕方が無いわ。さてさて、やっぱりそっくりね。はじめまして、生まれ変わりのハーン』

 それは、間違いなく、この白いフクロウの声だった。





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