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 旅行カバンに荷物を詰める。

 量が多いし、着いた先の状況がまったくわからないから、父が長期出張に出かけるときに持っていく大きなスーツケースを倉庫から引っ張り出した。

 衣類はいらないだろう。向こうでは服装も違うだろうし、どうせまったく異文化の土地に行くのなら、その土地の衣服を着る方が、僕自身も馴染みやすい。

 消耗品は一つも持っていかないことにした。なくなってしまったら補充が利かないのだから、だったら元から無いほうが良い。

 ただ、食事が口に合わないと慣れるまでが大変だろうし、向こうで似た味が出せると嬉しいのもあるから、缶詰とレトルト食品類は持っていくことにした。缶切りも忘れずに。

 それに、本当は明日ルフィルに持たせようと思っていた、資料の山。僕自身が行くのだから、片っ端から持っていっても大丈夫だ。鉛筆と大量のノートも忘れずに。向こうの言葉を勉強しなくちゃいけないのだから、書くものは必要だ。

 それと、黒板も持っていくことにした。ちょっと前、レトロ雑貨の専門店を覗いたときに一目惚れした、四つ切画用紙程度の小さな黒板。こんなことに役に立つとは思わなかったけれど。これだったら、白い石があれば十分使える。

 そうそう、忘れるところだった。ネジ巻き式の懐中時計。ルフィルに一日二十四時間と聞いているから、きっと役に立つ。向こうにカラクリの技術があるのなら、これをお手本にして向こうの時計を作ってもらえれば良いと思うしね。

 ナイフは二本。果物ナイフとサバイバルナイフ。果物ナイフは料理用に、サバイバルナイフは護身用に。

 そろそろカバンがいっぱいになって、後は、と周りを見回せば、ルフィルが口にくわえて僕のコートを持ってきた。上着は多いほうが良いぞ、と言って。そんなに寒いのか。

 今日も九時に家にやってきた大山さんは、僕は今日学校に行かないことを知っているから、家中の掃除を終えると昼食を作り出した。

 けれど、僕は正午にはこの世界を離れる。僕は大山さんに気付かれないようにそっと荷物を外に運ぶと、二階の僕の部屋から器用に庭に飛び降りたルフィルに荷物の番を頼んで、台所に顔を出した。

「大山さん、ごめんね。今日、出かけるんだ。お昼ごはん、食べられない」

「あら、まぁ。もうお出かけですか? すぐに出来ますよ」

 それは嘘じゃないらしく、良い匂いが鼻をくすぐる。大山さんのご飯、美味しいんだよなぁ。これを断るのはもったいないよなぁ。

「お弁当にしてもらえる? 移動先で食べるよ」

「では、五分ほどお時間をください。すぐに詰めます」

 ただいまの時刻、十一時半。目的地まで歩いて十分。目標正午。

「うん、待ってる」

 頷いて、ダイニングの椅子に腰掛ける。目に入ったのは、大山さんへの連絡事項などを伝達するために作ったコルクボードだった。

 書置きを、自分の部屋に置いたけれど。下手をすると数日見つからない気がしてきた。ここならば、彼女に言付けておけば今日明日中には見るだろう。

 思ったら、すぐに行動。一度自分の部屋に戻り、封筒に入れた書置きを掴んで下に降りる。

 大山さんは、出来上がった弁当箱をハンカチに包んでくれているところだった。普段の夕飯が丁度一人分であることを考えたら、大きなお弁当箱が嬉しかった。

「大山さん。これ、うちの両親にあてた手紙だから、見ないでね」

「あら、お泊りなんですか?」

「うぅん、帰ってくるけど、すれ違っちゃうから。じゃ、宜しくね」

 もう帰ってこないけれど、そんなことを言って心配させるのは申し訳ないし。コルクボードに封筒の端を留め、大山さんに手渡された弁当箱を受け取ると、僕は改めてにこっと笑った。

「じゃあね」

「いってらっしゃいませ」

 頭を下げて見送ってくれる彼女に、心の中で謝罪の言葉を返し、僕は家を後にした。




 向かった先は、ルフィルに初めて会った場所だ。





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