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 やがて現れた次の授業の担当教諭は、この騒動に慌てて、僕の周りに集まる生徒たちを遠ざけ、僕を連れて教室を出た。

 連れて行かれたのは職員室の隣にある会議室で、僕の目の前には学年主任の先生がいた。

「おそらく、君だけが奇跡的に無傷だったことで、怪我を負った生徒たちの反感を買ってしまったのだろう。君に落ち度が無いことはわかっているよ。ただ、周りの子たちと仲良くする努力もして欲しい。事態が収まるまで、一週間ほど自宅療養ということではどうだろうか。その間に君のクラスメイトたちにも反省してもらうし、学校としてできる限りの努力をしてみようと思う。親御さんを呼んだから、一緒に帰りなさい」

 さすがに学校の先生ともなれば、あの不可思議な現象を一人の生徒が起こすという非常識な事態は予想せず、信じることも無いらしい。その信念に基づく態度が、今回ばかりはありがたかった。

 だって、先生までも僕を犯人扱いしたら、事実なだけに、僕は行き場を無くしてしまう。

「すみません。ありがとうございます」

 ここは、素直に礼を言うのが正解だろう。




 四限目が終了するチャイムが聞こえて昼休みに入ると、前の時間の担当教諭が僕のカバンを持ってやってきた。

 どうして僕がクラス内で浮いた存在なのか、わからないのだろう。

 他の子たちと同じように高名な親を持つエリート階級の子供であるのだから、この学校特有の家柄による派閥も無縁だし、確かに小柄で痩せた体格だがそんな子供は他にもいる。

 とにかく、僕にはこの学校内ではまったく特徴が無い部類に入るのだ。イジメの対象として目に付くほど、存在感も経歴も派手さは無い。

「学校としても、君だけを悪者扱いする理由が無いし、こうしてクラスとしばらく引き離す処置も、異例中の異例なんだ。ただ、あれだけの事故が起こった後で、他の生徒たちも心に傷を負っているだろうし、もちろん君もそうだろう。今は、落ち着くまでの時間が必要だ。わかってくれるね」

 さっきから、親を待っている僕の様子を見に来ては、言い訳がましくそう言って立ち去っていく学年主任に、僕はただ愛想笑いを返す他ない。

 待てど暮らせど親が来る様子は無かった。

 昼休みに入って十分ほどして、会議室にスリッパの音が近づいてきた。ただし、一人分だけ。

 顔を見せたのは、家政婦の大山さんだった。

「半平太さん、お迎えに上がりました」

 うちに雇われているとはいえ、大山さんはただの家政婦で、僕に対して特別な感情も無い人だ。それこそ、仕事を中断して僕を迎えに来るなど、大山さんが請け負っている仕事の範疇ではない。

 まぁ、うちの両親のどちらかが、僕のためにわざわざ仕事を抜け出してくるとは思っていなかったけれど。

「わざわざすみません、大山さん」

 両親が、押し付けあった末に彼女に頼んだのは、もう目に見えるほどに明らかだった。

 先生方は、こんなときに家政婦が迎えに来るなんて、と呆れた表情だ。先生という職業柄、いろいろな親を見てきているだろうから、うちなんてマシな方だと知っているとは思うけれど、でもその表情は他に判断のしようが無い。

 仕事ですからね、と言いたげな表情を見て、僕はただ笑うしかなく。

「買い物して帰りましょう? 僕、今日はなんだか牡蠣鍋が食べたいな」

 僕自身に気にした様子が無いことに、大人たちは全員があからさまにほっとしていた。





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