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 アザーク王国を出た海賊船は、今回の仕事の依頼人が待つ街へ、最短距離を走っていた。

 季節は真夏。大洋上は暑い太陽に熱せられて気候の変わりやすい季節だ。

 この日は比較的穏やかで、同業者の間では最速の海賊船と謳われるこの船、マリート号は、大きな二枚の帆をいっぱいに膨らませて、揚々と航路を辿っていく。

 風のあるうちは忙しく働く必要のない水夫たちは、血で汚れた甲板掃除に精を出し、戦利品を片付けている。
 作戦の成功を疑っていない彼らの動きは実に軽やかだ。

 もちろん、行きがけの駄賃にと奪ってきた宝物の数々は、数は少なくとも良質で、作戦を成功というのに十分なものであったのだから、換金後を思えば文句もない。

 とはいえ、所詮これらは駄賃だ。本来の目的を誤っていては意味がない。

 この一件。事の起こりは副船長であるドルイドの伝から入ってきた依頼だった。

 純粋に海賊である自分を自負しているとは言わないまでも拘っている男、ゴルト・ソラにとって、あまり気の乗らない話ではあったのだ。
 とはいえ、ここでドルイドの顔を立ててやらないと、後々面倒なことになる。
 先代の跡を継いで船長の地位に着いたばかりのゴルトにとって、この船はまだ借り物だ。
 いざこざを起こせば自分の地位が危ういのだ。

 引き合わされた相手は、アザーク王国を敵対視する大洋上の大国、ルドアナ王国で宰相を務める男であった。
 依頼の内容はごく単純だ。アザーク王国の神殿から、似顔絵に良く似た少女を攫ってきて引き渡すこと。

 そのついでに何をしようが構わない、と言われて引き受けた。
 何しろ簡単な仕事だった。神殿の見取り図に侵入ルート、警備状況など、必要な情報はすべて提供されたのだ。
 ここまで調べてあるなら自分でやったらどうだ、という皮肉が口をついたのも、仕方のないことだっただろう。

 渡された似顔絵は、神殿で今世の神子の写し絵として希望者に分け与えられている正規の販売物で、相応の金額を出せば誰でも手に入れることが出来る。
 とはいえ、アザーク王国の通貨は独自のものだ。
 つまり、この絵を手に入れることの可能な人物が関わっているという証明でもある。

 だが、まぁ、そういった政治的なことはゴルトには関係のない話だ。

 商船を装って神殿門前街の港に侵入し、露天の一角を借りて商店を開いて隠れ蓑にし、商談のために神殿に入り、どさくさに紛れて精鋭の部下を宝物庫に走らせ、自分は腹心の部下と数人で神職者居住区に紛れ込む。
 偶然にも一人で無防備に歩いていた、目的の絵姿そっくりの少女を攫って、海上に逃げる。

 たった一日でやっつけてしまう、あっけない仕事だった。

 そのはずだったのだ。
 目的の人物にそっくりの弟がいるなど、想定外だった。

 こんな事情だから、腹の底が見えない副船長にも、もちろん依頼人にも、失敗した事実を話すわけにはいかなかった。
 かといって、引き返してもう一度作戦を立てるなど、自殺行為だ。
 まさに、八方塞だった。

「さて、どうしたものか」

 船は依頼人のもとへひた走っている。考えていられる時間はあまりない。

 一般的に、船長室というものは、船の中で一番高い位置に存在し、前方と後方と甲板とを一度に見渡せるように後方に作られている。
 その、甲板向きの扉を誰かがノックした。かかってきた声は、問題のドルイドのものだった。

「船長。前方に嵐です」

 船にとって嵐は大敵だ。
 最強とは言わないまでもそこそこ名の知れた残忍な海賊集団にとっても、嵐というものは克服しがたい厄介者だった。

 そうとなれば、悩んでいる暇などなかった。立ち上がり、外へ出る。

 開けた扉の前に、ゴルトより一回り大柄な体格の男が立っていた。
 日に焼けて縮れた髪はゴルトと同じく明るい茶色に変色していて、瞳の色は灰色。北方系らしく日に焼けても真っ黒にならない肌は、それでもよく焼けていて、実に健康的だ。

 それが、ドルイドだった。
 きつい眼差しは氷のように冷たく、人をあざけるように見下ろしてくる。

「どうします?」

「嵐を避ける。ニノに航路を計算させろ」

「アイサー」

 それは、決して怪しむべき判断ではなく、ドルイドも命じられるままゴルトの前から立ち去っていく。
 ひとまず、目的地から遠ざかる理由ができたことに、ほっと胸を撫で下ろした。

 とはいえ、それは一時的な回避に他ならず、根本的な解決とは程遠い。
 考える時間を稼いだ、というだけのことだ。

 うーん、と唸りつつ、ゴルトは腕を組んだ。
 何にしても、この大失敗をひっくり返すのは至難の業だ。
 それも、ゴルトには現在、相談できる相手もいないのだ。

 悩んでいると、ふと、間違って人質となった少年の言葉を思い出した。
 神子でないのなら、不自然だったその言葉。
 彼は、嵐になるなぁ、と呟いたのだ。
 この雲がところどころ千切れて漂っているだけの、快晴に近い空を小さな窓から見上げて。
 ハスキーなおかげで性別を疑わせなかったその声で。

 少年に会うべきだ。嵐を予知した彼になら、嵐の進む方向もわかるはずなのだから。

 ゴルトは再び、今回の件のためだけに仮作成した牢へと向かった。





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