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「ほう。さすがは神子。そんなこともわかるのか」

 何の前触れもなく応えた声に驚いて、セレは木格子の方を振り返った。
 そこには、最終的に自分を捕らえた男の姿があった。

 年はおそらくまだ二十代だろう。
 海と日に焼かれた茶色の髪と褐色の肌は、まさに海の男にふさわしく、筋骨隆々と逞しいその体躯は、同じ男として羨ましい限りだった。

 唯一、その瞳の色は、セレは見たことがない異国の色だった。
 海の色を映したような青い瞳。王国の民は黒か茶が多く、薄い色の瞳は異国の血が混ざった生まれの者に多い。

 絶海の孤島である王国本土は、それだけ外国との交流も少なく、異人を見る機会は稀だから、余計に自国民との違いが目を引く。

 しかし、そんな外見よりも、セレの気を引いたのは彼の台詞だった。

「……神子、だって?」

「そう。アンタのことだろう? マレ・アザーク」

 ふふん、と嘲笑い、見下すような目でセレを見る。
 王家の人間であることは、その姓が証明しているのだから、正体を知らないはずもない。
 ならば、彼は王家に対して何らかの悪感情を持っているのだろう。

 が、セレにとってそこはどうでもいい事だった。
 彼を見返して、一瞬言葉を失っていたセレは、それから、頭に手をやり天を仰いだ。

「ってことは、あれか? 俺は姉さんと間違えられてここにいるということか? 勘弁してくれよ」

 今度は、男がセレの台詞を聞きとがめる番だった。

「姉さん、だと?」

「あぁ、そうさ。
 マレ・アザークは俺の姉。俺の名はセレ・アザーク。神殿の神子ではなく、親衛隊の見習い騎士さ。
 ようやく人違いに気づいたかい?兄さん。残念だったな」

 衝撃の事実に打ちのめされて実に投げやりな様子で、セレは男にそう告げた。
 男にとってもまた、それは信じがたい現実だったようで、セレと同じように頭に手を当てて天を仰ぐ。

「あぁ、くそ。やっぱり他人からの依頼なんか受けるんじゃなかった。骨折り損かよ」

「自分勝手なこと言ってんじゃねぇよ。無理矢理人違いで自国から攫われた俺の立場はどうなるんだ」

 割に合わないのはむしろ自分だ、と主張するセレの、囚われの身らしからぬ度胸に、自分自身のことで頭を抱えていた男は、驚いたように目を丸くして顔を上げ、それから、にやり、と笑った。

「良い度胸だ。島国の親衛隊にはもったいないな」

「そりゃどうも。それで? 人違いとわかったんだから、帰してくれるんだろうな?」

「これからアザークまで引き返せと? 自らとっ捕まりに行くようなもんじゃねぇか。それはゴメンだな。
 まぁ、どっかその辺で解放してやるよ。もうしばらくそこにいるんだな」

「ちっ。海賊が」

「お褒めの言葉をどうも」

 人を食った返事を残し、男はそそくさとそこを出て行く。
 それを思わず普通に見送ってしまって、セレは慌ててベッドを飛び降り、木格子に張り付いた。

「おいこら。せめてここから出せ!」

 まだすぐ近くにいたその男は、ただ後ろ手を振って、扉を開けて出て行ってしまった。

 イラついた気分に任せて壁を蹴ったセレだったが、木板を貼り合わせた壁は意外に頑丈で、ただ足を痛めただけだった。





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