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 話は、セレが物心ついた頃あたりから始まった。

 そもそも、セレが閉じ込められていた箱庭に入ることができたのは、毎日身の回りの世話をするメイドに、二日に一回交互にやってくる学問と武術の先生、それに、国王と神官長の五人だけだ。
 それは、マレに助け出されるまで例外もなかった。

 したがって、箱庭にいる間は、セレに性的虐待を繰り返したのは神官長のみだった。
 今から振り返れば、箱庭にいた間はある程度安全だったのだ。
 親衛隊の一員として神殿に勤めることになってから、一定以上の地位を持った神官たちの性欲の捌け口となった。
 武術に秀でてはいても、姉を盾に取られれば、セレに抵抗する力などない。

 そのことが、おそらくは今回の腹立たしい計画を実行に移させる一つの要因になっていたのだろう。
 つまり、姉を盾に取ればセレは抵抗できない、という事実を実証してしまっていたのだ。

 セレの相手が神官長だけではなかったことに、ゴルトも目を剥いた。

 相手が一人ならば、その人物にだけ気を配っていれば良い。
 だが、相手が複数の場合、今までは手を出さなかった人物までも警戒の対象になる。
 セレの心が休まる暇がなくなった、というわけだ。

 セレを箱庭から救い出したはずのマレとイェンにとっては、実にショックな内容だった。
 絶句し、顔面蒼白の状態で、淡々と語るセレの顔を凝視してしまう。

「ですから、今回、姉上と間違えて私を攫ってしまったことで計画が大幅に狂ってしまった神官長様が、次に何をしでかすのかわからない以上、現状を放って私だけが国を逃げ出すわけにはいかない、と、こうして戻ってきたわけなんです。
 ……あれ? どうしました?」

 長い長い話を終えて締めくくった途端に、セレは一つのテーブルを囲んだ他の三人の様子がおかしいことにようやく気付き、首を傾げた。
 隣のゴルトは苦虫を噛み潰したような表情だし、イェンは実に痛々しい表情でセレを見つめていて、マレに至っては今にも泣き出しそうだ。

「あの。過去のことはもう気になさらないでください。
 こうして私を守ってくれる方と仲間を見つけることができましたし、こういう事情もありますのでもう国に帰るつもりもありませんが、決着はつけるつもりです。
 少し地位のある神官の数が減ってしまうかと思いますので、その後を姉上にお願いしたく、こうしてご説明を差し上げたわけなんです」

「……えぇ、そうね。そんな話を聞いてなお、戻って来いとは、私に言う権利はないわね。
 大事な私の半身ですもの。貴方が幸せであることが一番大事なことよ。貴方の選んだ道を貴方が望むとおりに進むことが、私の望みでもあるの。
 でも、これだけは覚えておいて。貴方は私の大切な双子の弟。どこにいても、何をしていても、私は貴方を心から愛しているわ」

 はっきりと、国に帰る意思がないことをセレは断言し、マレはその気持ちを尊重することを第一に選択した。

 正体もわからない不埒者に拉致されて、今まで行方知れずになっていた双子の弟が、ようやく再会できたというのに自分の許を去ると言うのだ。
 それを心から喜んで受け入れることなど、できるはずもない。
 それでも、言いたいことはぐっと飲み込んで、大事な双子の弟の言い分を受け入れた。相当な覚悟が要ったはずだ。

 マレのその反応に、ゴルトは内心で舌を巻いていた。
 さすがはこのセレの半身と言うべき存在。その意志の強さと決断力は、よく似ている。

「けれど、それならば、後は私に任せなさい。貴方には、貴方の幸せを第一に考えて欲しいの。貴方に手を出した人間は、片っ端から処分してあげるから」

「いえ、姉上。自分の手で、決着をつけさせてください。せめて、神官長様だけは。命までは取りませんから」

「取っていいわよ、あんな下種。
 貴方を幼い頃から苦しめてきた男よ? この私が、許せるはずがないじゃないの。
 私自らの手で処分してやりたいわ」

 被害者であるセレ本人がいまだに様付けで呼んでいるのに、たった今話を聞いたばかりのマレの方こそが腹を立てて、声を荒げた。
 今までの取り繕いなどばっさり脱ぎ捨てたその態度が、マレの怒りの度合いを示している。

 どうやら、こちらがこの姫神子の地であるらしい。
 乱暴な口を利いている時のセレと、目の印象がそっくりだ。
 疑っていたわけではないが、なるほど確かに双子だ、と改めて頷かされる。

「それで、この後はどうするつもりだったの?セレ。
 私にも協力させてくれるでしょう?」

「……できれば、事を片付けるまでこの船で匿っておくつもりだったんですが……」

「いやよ。そんな話を聞かされて、私がじっとしていられると本気で思っていたの?」

「……ですよね」

 これだけ性格までそっくりな双子だ。
 強情なのは自分がそうなので、大差ないだろうとは想像がついていたのも、確かだ。
 ただ、自分と違って護身術を多少嗜む程度の姉には、安全なところにいて欲しいのも事実。
 どうしよう、とセレは腕を組んで考え込んだ。

 そこに口を挟んだのが、ゴルトだ。

「神官長以外をまるっきり任せりゃ良いさ。俺は、お前を長年苦しめたジジイを廃棄処分にできればそれで良い。
 お前はそれじゃ嫌なのか?」

「いや、それで構わない。俺が自らの手で、と思うのは、神官長様だけだから」

「だから、いつまで様付けしてんだ、って。憎くないのかよ、お前は」

「うーん、纏めて一単語だから、敬称として言ってるわけじゃないんだけど」

「俺が不愉快なんだ」

 本当に不愉快そうに憮然と言い放つ隣の大男に、セレは思わず笑ってしまう。
 睨まれてもぜんぜん恐くなくて、ただ肩をすくめるしかなかった。

「彼らに姉上の誘拐を依頼した者の屋敷で、コロー正神官を捕らえました。船底の牢に入れています。もしお望みでしたら、お引き合わせしますよ」

「話は終わりだな。船を返すぞ」

 コローの話で、必要な会話は終了だ、と示し合わせていたため、ゴルトがそう言って立ち上がる。
 食堂の入り口でこちらを見守っていたバリスに船を港に戻すように指示をして、自分もその部屋を出ていく。
 ゴルトを見送って、不思議そうな表情のマレとイェンに、セレはくすりと笑って、彼らの疑問に問われる前に答えた。

「用心のため、船を港の外に退避させていたんです。気付きませんでした?」

 海の上に浮いているのだから多少は揺れているが、動いていたとは気付いていなかったらしい二人に、セレは楽しそうにクスクスと笑った。





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