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 港の桟橋に着いた馬車を迎えたのは、船のど真ん中をぶち抜いたような穴に立つ、大男が一人と、後ろ手に縛られたセレだった。
 連れ去られた時と同じ、プライベートな時間にセレが好んで着ていたラフな服装で、結い上げた髪がクシャクシャに乱れている。

 その姿を見て、マレはかっと頭に血が上ったのを自覚した。

「要求どおり参りましてよ! セレを開放なさい!」

 船と桟橋を結ぶ渡し板が、セレの足元とマレの足元を繋いでいる。
 護衛であるイェンの影に守られながら、肩を怒らせて見上げるマレの視線に、海賊の大男は、ふん、と鼻で笑った。

「引き取りに上がって来いよ。交渉次第では、こいつも一緒に無傷で返してやるぜ」

「交渉ですって!?」

「あぁ、そうさ。こっちは捕まる危険を冒して返してやりに来たんだ。アンタの言質が必要だからな。
 上ってきな。護衛一人連れてきて良いぜ」

 くいっと顎をしゃくって、男がセレを無理やり引っ張って奥に消えていく。
 相手がいなければ威嚇の意味もなく、マレはイェンを促して、渡し板に足を乗せた。
 ここで怯むマレではない。セレを取り返すためなら、危険にも飛び込むのだ。
 そこは、さすがセレと血を分けた双子だと納得できる気の強さだった。

 渡し板、といっても、本当にまったくの板である。
 人が二人は並べない上に、上を歩くと上下に撓って落とされそうになる。
 イェンが背後から支えてくれなければ、無事に渡れたかわからない。

 マレとイェンが船に到着すると、脇で待っていた二人の水夫が、渡し板を引き上げてしまった。
 約束の人数以外は船に乗せないようにという用心のためなのだろう。

 大男は、甲板に上る階段の上り口で待っていた。その巨体で、背後のセレの姿が隠れている。

「約束どおり来てあげたのだから、セレを開放して頂戴」

 精一杯の虚勢を張ったマレの要求に、大男、ゴルトは、先ほどの威圧的な表情を収め、代わりに片眉をひょいと上げた。
 まるでおどけるような表情だった。

「ふん。開放も何も、縛られてるわけでもないぜ。なぁ、セレ」

 なぁ、と呼びかけながら背後に視線をやる。
 マレとイェンもその視線に促されて見やれば、わざとぼさぼさにしてあった髪をすでに結いなおし始めていたセレが、こちらに顔を見せた。
 両手で髪を纏めながら、口には髪留めを咥えて、少し幼い表情だった。

 それはつまり、後ろ手に縛られていた、のではなく、彼自身が後ろに手を組んでいただけ、ということなのだろう。
 見れば、手首に縛られた痕などもない。

 それは、混乱するなというほうが無茶な現実だった。

「ど、どういうことだ!?」

 混乱を示すようにどもりながら、イェンが問いただしたのはセレの方だ。
 姉と同じサラサラの髪を簡単に一つに纏めて髪留めで留めたセレは、上官である彼を見やり、苦笑とともに肩をすくめて見せる。

「お二人にお話があって、お呼びたてしました。
 ただ、大事な話が、と言っても、私を攫った海賊船に素直に来てはいただけないでしょう?
 ですから、一芝居打ったわけですよ」

 武術の名手であるとはとても思えない小柄な彼は、そんな風に説明して、隣に立つ大男の腕に自分の腕をスルリと絡ませた。
 少し甘えた表情で頭一つ背の高い筋肉質の男を見上げれば、その大男もまた、セレを甘やかす笑みを浮かべて見下ろしてくる。
 それは、二人の関係を無言で知らしめるのにこれ以上ない効果的な方法だった。

 セレとゴルトが醸し出す雰囲気は、誤解のしようがなかったのだろう。
 マレとイェンは、ただ目を瞠るしかできることなどなかった。

「ここでは詳しい話もできないだろう、セレ。中に入ってもらおう」

「うん、そうだね。姉上、隊長。詳しくお話します。ついてきてください」

 その甘えた口調は、普段のセレでは考えられない、実の姉であるマレにも、所属部隊の隊長であるイェンにも、見慣れないモノだった。
 そんな甘えたな台詞を口にできるほど、二人の関係は濃密なものなのだと、否応なしに見せ付けられる。

 二人の返事を待たずに、ゴルトとセレが揃って歩き出す。
 甲板へ上がる階段を上がり、甲板から入れる建物の入り口を抜け、すぐの扉を入れば、そこが食堂になっているらしい。

 先に入っていった二人の背中で隠されていた室内が見えると、そこに、整った顔立ちの少年が一人いて、お茶の支度を整えていた。
 バスケットに盛られた焼き菓子に、ティーカップが二客。それと、室内に置かれた他の椅子とは違う、クッションの張られた高級そうな椅子が二脚。
 椅子とカップは、お客様用なのだろう。並べて置かれている。

 どうぞ、とセレが示したのは、そのお客様用の席の方だった。
 その向かいの席に、ゴルトがどっかりと腰を下ろすので、マレもイェンも遠慮することもできずにそこに座る。

 調理室の方から小皿を持って出てきたトーナが、机の中央に角砂糖の乗ったそれを置きながら、マレの顔を見つめて驚いた表情を見せた。
 セレとゴルトの間から身を乗り出した格好で、そのまま固まってしまう。

「……うわぁ。瓜二つやん。こんなんやったら、間違えてもしゃあないわ」

 まったく正直な感想に、セレがぷっと吹き出す。緊張感のかけらもない。

 ではごゆっくり、と優雅にお辞儀をして立ち去っていくトーナを見送って、セレも空いた席に座った。
 笑わされたおかげで緊張が解れて、穏やかに微笑んでいる彼に、双子の姉であるマレでさえ、目を奪われる。

「このお菓子、私も手伝ったんです。どうぞ、召し上がってください」

「……セレ。説明しろ。どういうことだ、これは」

 自ら命を懸けて仕えることを誓った相手の双子の弟であるが、それ以前に自分の部隊の部下だ。イェンは、厳しい口調で詰問する。
 その視線を真正面から受けて、セレは何故か穏やかな表情のままだったが。

「もちろん、ご説明します。危害を加えることは、私が許しませんから、ありません。どうぞ、楽になさってください。少し長くなります」

 どこからお話しましょうか、と考えながらのセレが語り始めるのに、マレは少々混乱気味に呆然と、イェンはイライラしながら、耳を傾ける。
 セレの隣にどっかりと腰を下ろしているゴルトだけが、知っているからこその他人顔で、トーナが淹れてくれた半発酵茶を啜った。





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