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気がついた時。セレはすでに船の中だった。
これでも、神々の子孫といわれるアザーク王家の血を引き、島の神の申し子とまで言われる希代の神子を双子の姉とする、血筋ゆえの天性の才能を持つ身だ。
自分の居場所が土の上ではなく海の上であることは、穏やかな海上をほとんど揺れることなくスムーズに進んでいくその中ででもわかる。
島で生まれ、島で育ったセレだが、出生の特殊さのせいで、海上に出たことが一度もない。
その意外に揺れない空間に感心していた。その程度には、落ち着いた、ということだろう。
改めて自分の周囲を見回して、それが牢の中であることにようやく気づいた。
一方の壁が木格子になっていて、一部分に出入りできそうな扉がつけられ、しっかりと鍵をかけられていたからだ。
つまり、自分は囚われの身ということだ。
自らの立場を理解し、セレは大きくため息をついた。そうするより、出来ることなど何もなかった。
牢の中はなかなか居心地が良く、それだけが救いだった。
自分は清潔な寝具に包まれていて、普段寝起きしている官舎の安ベッドより格段に上物だ。
視線をめぐらせば、足回りのしっかりした一揃いのテーブルと椅子が置いてあり、上に氷の入った水差しとコップ。
海上で氷は貴重品のはずだ。
それと、室内の隅に目隠しのつもりらしい衝立があり、それがおそらく下の用事のための小部屋なのだろう。
木格子と反対の壁には、はめごろしの丸い窓が三つあり、どの窓からも外の様子を見ることが出来た。
どこまでも続く空と海。雲ひとつない良い天気で、青一色にしか見えない。
着ているものは、捕らえられたその時のままだった。
白の上下に淡青のローブ、麻のサンダルはベッド下に揃えて置かれ、結い上げた髪はそのままに、固い髪飾りだけが取り除かれている。
事実、その時のセレは完全に油断していた。
仕事はその日は非番で、双子の姉に私的なお茶会に呼ばれていたから武装もせず、姉が生活する神殿の奥のプライベートスペースしか歩かないことを良いことに、室内着にローブを羽織っただけの楽な姿だった。
抵抗しようにも、こちらがまったくの無防備でいた上に、相手が百戦錬磨の武人では、結果は火を見るより明らかだった。
セレに出来たのは、逃げることだけだった。
見習いとはいえ、アザーク王国親衛隊第二師団第一部隊に所属するエリート騎士だった彼にとって、ただ逃げることしか出来ず、しかもあっさりと捕まってしまった現状は、ただ悔しいと言うより他になかった。
何をすることも出来ず、悔しさに唇を噛み締めつつ外を眺めていたセレは、しばらくして、ぼそりと呟いた。
誰に聞かせるでもなく。
「嵐になるなぁ」
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