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乗組員の大多数が三々五々散っていくのを見送って、ゴルトは改めて手近な空席に腰を下ろし、まだ立っているバリスとセレにも座るように促した。
残っているのは、バリスとトーナ、セレ、ニノ、操舵班長ネリー、水夫班長トッド、船大工長ノキア、という、主要メンバーのみだった。
会議を始める前から、残って欲しいとゴルトに指示されていた面々だ。
「ったくよぅ。副船長人事なんて大事な話を、俺たちに何の相談もねぇってのは、ないんじゃねぇのかい? 船長よぅ」
会議中には口を出さなかったものの、除け者にされていた事実には不機嫌に抗議の声を上げるトッドに、同じく除け者だったネリーとノキアも、そうそう、と頷く。
トッドは、元々バリスに心酔してこの船に残っていた男で、バリスの片腕のような立場にある。
もちろん、バリスと、そのバリスが信頼を寄せているゴルトの決定に、逆らうようなつもりはまったくないのだ。
だが、それでもやはり、一言の断りもなかった事実には、文句の一つも言いたかったのだろう。
わりぃ、と、悪びれた様子もなく謝ったのは、バリスだった。
「元々、セレを副船長にしちまえ、って言ったのは、俺なんだ。
本人は見習い水夫で良い、なんて言いやがってよ。んなもったいない真似ができるかっての。人材ってやつぁ、適所に置かれてこそ真価を発揮するもんさ」
「だからって、何も秘密にしなくても。今日だって、何度か顔合わせたじゃねぇか」
「反対するべ? セレの正体知らなかったその当時のお前らなら」
つい先ほどセレの素性を明かすまで、先代船長の何らかのつてでアザーク王国から乗り込んだ客人、というのがセレの肩書きだったのだ。
そんな人間を副船長に、と言い出せば、誰だって反対する。
確かにそのとおりなだけに、誰もが肩をすくめるしかなかった。
それで?とゴルトに目を向けるのは、ノキアだ。
「俺たちをここに残したのは、何の件だ?」
「あぁ。明後日の段取りを相談しておこうと思ってな。
目的は、セレに絡みついた足枷をはずすことだ。手伝ってくれるだろう?」
「足枷?」
「あぁ。命の恩人である双子の姉が今直面している危機を取り払ってからじゃないと嫌だ、って言うんだよ、こいつは」
こいつ、と言いながら、隣にいたセレの頭をちょいと小突く。
大して痛かったわけでもないが、小突かれたところを片手で覆って、セレは抗議するようにゴルトを睨んだ。
ゴルトには、効いた様子もない。
いまいち腑に落ちない面々に、ゴルトは結局、事の起こりから懇切丁寧に説明する破目になる。
当初のアザークでの仕事の目的が、セレの姉であるマレ・アザークの誘拐であったという種明かしから、人違いでセレを攫ってしまった失敗談、王族でありながらその権利を剥奪されたセレの立場、そして、今回の首謀者の企みまで。
すでに知っているトーナは、長くなりそうだと判断すると、誰の気もそがない物腰で席を立ち、最近嵌っている半発酵茶を樽型のカップに注いで全員に配って回った。
まぁ、ゆっくりしなさい、という意味なのだろう。
長々と説明し終えたゴルトが、まだ熱いお茶をすする。
海賊稼業には縁のない王族と権力者たちのお家騒動だ。誰も彼もが、理解できない表情をしていた。
「つまり、セレの姉貴を救出して、その神官長とやらをぶっ飛ばす、ってのが、目的か?」
「簡単に要約すれば、そうだな」
頷いたのは、バリスだ。
ゴルトにとっては、現在唯一相談できる相手であるバリスであるから、すでに相談を受けて、具体的な実行手段も意識を合わせてあったのだ。
何しろ、トーナと似た境遇だと判断してから、バリスはセレを恋人の弟あたりの身内のように気にかけている。
今回の件に関しては、積極的なのも当然なのだ。
「で。俺たちは何をすれば良い?」
王族にも権力者にも用はないし興味もない。
だからこそ、事態の背景を簡単に理解すれば、班長としては自分たちの役割に意識が向く。
暴れる仕事ならば諾々と引き受けるが、聞いている限り、おそらくは政治的な交渉が必要なのだろう。
となれば、班長程度の彼らにはすべきことはない。
尋ねられて、ゴルトは一度軽く頷いた。
「段取りを説明しておく。船をあっちこっち移動しなきゃいけないからな。準備をしておいて欲しい」
まずは、と、ようやく本題を話し始めるゴルトに、全員の注目が集まる。
ここに残された全員に、重要な役割分担があるのだ。事が一国の将来を左右するだけに、全員が真剣な表情だった。
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