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 翌日の夕飯時。

 この船で唯一全員が座れるだけの椅子が揃っている部屋である食堂に、乗組員のすべてが集められた。
 操舵室の宿直も、見張り番も、現在だけは持ち場を離れている。

 調理室につながるカウンターの前にゴルトが立ち、全員の注目を浴びている。
 その脇には、バリスとセレが控えていた。

 この船で、全員を集めるほどのことといえば、人事報告以外にはない。
 何か大掛かりな作戦があっても、班長以上の肩書き持ちのみが集められ、その中で決定されるものだ。
 だからこそ、議題は限られている。

 そして、ゴルトがここに立って話をするのは、まだ二回目だった。
 一回目は、自分が船長の任に着いた時。それだけ、頻度は低い。

「今日集まってもらったのは、現在空席の副船長人事について承認をもらうためだ。
 バリスに昇格してもらおうと思っていたんだが、本人が嫌がるんでな。ここにいる、セレに頼もうと思う。異論があるヤツは今ここで手を挙げろ。後で文句を言っても一切聞かん」

 実際、バリスが適任なのだ。
 セレはまだまだ船についても航海についても知識が浅い。
 商才があるわけでもなければ、地理に詳しいわけでもない。多少武術の腕があり、天気を読めるというだけだ。

 だが、バリスが嫌だというのなら、ほかに代わりを見つけるしかなく、次点で思いつくのはやはりセレなのだ。
 ゴルトだけがそう主張するのならともかく、バリスとトーナが揃って、セレが良い、と断言した。他にいないだろう、と。

 そもそも、セレはアザークから来た先代の客人だと思われていた立場だ。正体を知っている人間など、ほんの一握りしかいない。
 だからこそ、肩書きどころか、船に残ること自体が初耳だ。

 したがって、異論どころではなく、皆戸惑って、近くにいた仲間と顔を見合わせるしかなかった。

 やがて、一人の男が手を挙げた。操舵室で舵を任されている、ネリーという名の男だ。
 海の男というには多少痩せた感覚の否めない、ひょろりと背の高い人だった。

「異論っつーか、質問なんだけどよぉ、船長。そいつぁ一体、何者なんだ?」

「うぉ。根本的な質問だな。ってか、気付かなかったのか、お前ら」

 反応したのは、バリスだった。他の乗組員同様椅子に座ってこちらを見ているトーナだけが、くすくすと笑っている。
 他のメンバーは、バリスもセレの正体を知っているらしいと知って、動揺していた。

「セレ?」

 正直なところ、ゴルトから紹介してもいいのだが、セレ自身が自らの身の上を唾棄するほどに嫌っているので、本人の前でどう言うべきか、なかなか判断がつかない。

 問いかけられて、セレはため息をついた。それは、自己紹介を委ねられたと判断するべきだった。

「アザーク王国国軍親衛隊第二師団第一部隊所属、騎士見習いの任についている。……いや、いた、だな」

 まったく嫌そうな名乗りに、事情を知らない面々は不思議そうな表情だ。

 そもそも、その肩書きは隠すようなものではない。
 このメンバー内に元々軍に所属していたような身分の人間はいないが、過去にそんな仲間がいたこともある。
 それによって仲間はずれにされることもない。結果的にこんな海賊船に乗る破目に陥っているのだから、仲間であることに変わりない。

 ということは、やはり疑問は解決しないのだ。
 その肩書きをこの幹部たちが隠すわけはない。

 納得してくれない彼らに、セレは仕方なさそうに再び口を開いた。

「名前は、セレ・アザーク。アザーク王国国王の甥にあたる。国教神殿の姫神子が俺の姉だ」

 それこそが、隠す理由なのは、一目瞭然。あまりの肩書きに、全員が唖然としている。
 その表情を見て、セレは苦笑するしかないのだが。

「生まれ持った立場はそのはずだがな。国に俺の居場所はない。それを、この船長が拾ってくれたというわけさ」

「あんたは、それで良いのか?」

 尋ねたのは、ネリーの隣に座っていた背は低いが筋肉質な男だった。
 セレが無言で頷くのに、ふぅん、と気のない返事を返す。

「他に質問、意見はなさそうだな。承認されたと判断するぞ」

 ゴルトが確認するように全員の顔を見回す。今度こそ、反応はなかった。

 所詮、総員でも三十名に満たない人数だ。全員の顔を見回して、ようやくゴルトは満足げに頷いた。

「では、決まりだ。
 ……あぁ、言うまでもないが、命が惜しかったらセレに手を出したりするなよ。こいつは、俺のだ」

 それは、この場で話すには問題のある発言だった。
 独占欲丸出しの台詞にバリスはぷっと吹き出し、セレは慌ててゴルトを睨み付ける。

 ちょっと待った、と勢いよく立ち上がったのは、出て行ったナグドと同じ船大工のノキアで。

「そりゃ、あれか? 自分のイロの居場所を作りたいってことかよ。それだったら反対だぞ」

 そうだそうだ、と合いの手を入れるのが数人。それ以外は黙って事の成り行きを見守っている。

 そんな抗議の声に、ゴルトは実に不愉快そうに眉をひそめる。

「んなわきゃねぇだろ。潜在能力を含めたこいつの才能を吟味した上で、決めた。
 大体、この中でこいつにタイマンで勝てる奴ぁ、皆無だろぉが」

 もちろん、体格差だけを見れば、セレはトーナと大差ない華奢な身体つきをしていて、どの相手と比べても非力であるのは確かだ。
 だが、セレに対して勝機があるとすれば、彼が無防備である隙をついて背後から羽交い絞めにすることに成功するしかない。
 それこそ、眠そうにボンヤリしている時くらいしか、チャンスは転がっていないだろう。セレの武道家としての実力は、全員が認めるところなのだ。

「けどよぉ。船のことなんざ、ほとんど知らねぇだろ、そいつは」

 ここは海賊船。海のことと船のことに対する豊富な知識は、船乗りの最低条件だ。
 そこを指摘する声に、ふん、と鼻で笑ったのは、ゴルトではなく、バリスだった。

「んなもん、すぐに覚えるだろ。こいつは見た目以上に頭が良い」

「その細っこい腕じゃ、帆も操れねぇし」

「力仕事は、下っ端の仕事だろ。副船長は、指示ができればそれで良い」

「商人どもに足元見られるぜ」

「もともと、商談ごとは船長の仕事だ。商家の生まれは伊達じゃねぇ」

 他には?と皆を見回す。
 それは、船長の仕事だろうに、代わって部下を睥睨するバリスに、ゴルトは一歩下がって苦笑を浮かべるしかなかった。どうやらよほどセレを気に入っているらしい。

 反論は出尽くしたのだろう。誰もがそれ以上の言葉を思いつけず、黙り込んでしまう。
 ようやく大人しくなった下っ端連中に、満足そうにバリスは鼻を鳴らした。

「よし。以上、解散!」

 その宣言は、通常、船長の役目だと思われるのだが。
 自分が言うべき台詞を奪われて、ゴルトは困ったように笑っただけだった。





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