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 かれこれ三時間は経っただろうか。

 海賊業で鍛えているとはいえ、場所を変えて通算三時間も動きっぱなしでは、さすがに疲れる。

 ようやく薬の効果が切れたらしく、セレはふかふかのベッドの上に突っ伏して、荒い息を懸命に整えていた。

 身体中に、ゴルトが付けた口付けの痕が散らばっている。
 服を着ても隠れないような、腕や首筋などにも赤い痕は散っていて、元々白い肌に良く映えた。
 鏡など見なくても、腕の状況を見れば、想像に難くない。

 それは、格子で仕切られた簡易牢の中だった。
 この船で初めて目覚めたときと同じ景色だ。

「髪留め、ここにあったのか」

 思うように動かない身体をベッドに沈めたまま、室内を見回していたセレが、ふと呟いた。
 その元々ハスキーな上に叫びすぎで嗄れた声は、疲れきったはずのゴルトの欲情を再び煽るようだった。

 またセレの身体に手を伸ばしそうな自分を誤魔化すように、ゴルトはセレの視線を追った。
 水差しとコップが置かれたままのテーブルに、金色に鈍く光る金属製の髪留めが置かれていた。トサックにもらった髪留めと大した差のない、飾り気のない髪留めだった。

「喉が渇いたな。飲み物を取ってこよう。少しここで休んでな」

「……それは?」

「十日以上も前に汲んだ水だぞ。腐っててもおかしくない。やめとけ」

 あの嵐でも机から滑り落ちずにそこにあったらしいガラスの水差しを一瞥し、その傍らから髪留めを拾い上げてセレの力の入らない手に落としてやって、ゴルトは手早く服を身に着けて部屋を出て行く。

 もちろん、囚われの身ではないから、格子の戸は開きっぱなしだ。
 その戸口を見やって、いつでも出られるというだけでも牢内にいる不快感がほとんどないことに気付き、セレは苦笑を浮かべた。

 薬でおかしくなっていた頭でも、この三時間をしっかり思い出せる。
 手近にいたデンバーではなく、わざわざゴルトを呼び出してその身を任せた自分。年上の男は苦手だったはずなのに、何の疑いもなく、彼に救いを求めていた。

 これが国にいた頃だったなら、と思いをめぐらし、おそらく一人でやり過ごそうとしただろうとは、簡単に想像がついた。
 どんなに気が狂おうとも、人に救いを求めるなど、考えすらしなかったはずだ。
 それが、信頼している上司でも、敬愛している武術の師匠でも。

 自らの行動を、落ち着いた頭で思い返して、セレは深いため息をついた。
 まったく、これでは認めるしかないではないか。

「こういうのを、絆された、っていうのかな」

 手に持たせてくれた髪留めを握り締め、一糸纏わぬ姿のまま、ゴロリとベッドの上で転がり、天井を見上げる。位置関係からして、この上がちょうど、トーナの仕事場である調理室のはずだ。

「聞かれてただろうな」

 嵌め殺しの小さな窓から見える空は、夕日で赤く染まっていた。
 この時刻であれば、トーナは夕飯の支度で調理室に篭っている。
 最近は毎日手伝っていただけに、申し訳ない気持ちが自然と浮かぶ。





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