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 デンバーを少し見送って、ゴルトは梯子を上りきり、足音を押し殺してセレに近づいた。

「セレ。今楽にしてやるからな」

 過去にその薬を女に使ったことがあるゴルトは、だからこそ、それがどんな作用をもたらすのかをよく知っている。
 その気もなく無防備に飲んでしまったのなら、相当苦しいはずだ。

 自分の傍らに現れたそれが、ゴルトであることに気付いたのだろう。
 涙目のまま見上げて、抱き寄せられるままにその身体を預ける。
 セレにとって、ゴルトという存在が、それを自分に許せる相手になっていたのだろう。

 セレのほとんど無意識のはずの行動に、ゴルトは感動せざるを得なかった。
 だからこそ、どんなに今のセレが色っぽくても、理性を手放すわけにいかない、と腹をくくる。

 何しろ、愛しているのだ。
 その恋心を受け入れて貰えなくても、それでも想い続けられるほどに。
 だからこそ、薬によって作られたセレの身体をもらったところで、嬉しくなどない。
 ただ、苦しむ彼が可哀想なだけなのだ。

「お前に言っておけば良かったな。
 モーサンは、俺がいつだったか、厄介なのが、といった最後の一人なんだよ。
 聞いていたら、素直に飲んだりしなかっただろう? 悪かったな」

 潮風をたっぷり吸ってもなおサラサラの髪を撫で、冷や汗に近い汗を掻く額に口付ける。
 わかっているのかいないのか、セレはただ首を振り、ゴルトの逞しい首筋に顔をうずめた。

 掠れた声で、助けて、と訴える。
 それは、これだけ近いからこそ聞こえる、かすかな声だった。

 躊躇している余裕などなかった。
 ここは、青い空が頭上に広がる船長室の屋根の上。そんなことは十分わかっている。
 だが、それでも。この状態のセレを抱き上げて、場所を移動する余裕など、ない。

「こんな場所で、悪いな。少し落ち着いたら、移動しような」

 耳元にささやきながら、セレが好んで着るゆったりしたシャツを捲り上げる。
 どうしても触れてしまう手に、セレはビクリと身体を揺らし、ゴルトにしがみついた。

 キスをしても、息苦しそうに逃げてしまうのは、それが嫌なのではなく、本当に息苦しいのだと、ゴルトは知っている。
 過去に同じ目に合わせてしまった幾人かの女性も同じ反応だった。

 だからこそ、キスからは逃げても顔を背けないセレに、許されているのだと実感する。
 本当に、この辛い状態から逃げ出すためにゴルトを利用するだけなのだとしたら、互いの息遣いがわかるこの距離に、とどまったりしないはずだ。

 そっと胸の飾りを指先ではじく。
 セレが喉の奥で悲鳴を上げるのを苦々しく思いながら、もう片方の手でセレの背を支え、硬い板敷きの床に寝かせた。
 せめて頭だけでも、と、自分の服を脱いで丸めて、セレの頭の下に敷いてやった。

 そういえば、これまで一度もセレの着替えのシーンにも遭遇しなかったことに、今更ながらに気付くゴルトは、セレの鍛えられた肉体に思わず見蕩れてしまった。
 服を着ていればほっそりと華奢な肢体をしているように見えるのに、服の内側は無駄な贅肉も無駄な筋肉も一切ない、理想的な肉体美だった。

 恋をしたからこそ、こんな切羽詰った状況ではなく、お互いに心を求め合った副産物としての身体の関係を持ちたかった。
 この身体を抱きしめて、キスの雨を降らせて、身悶えるほどに感じさせてやって、強請られて一線を越える。それが、理想だったのに。

 顔に似合わないロマンチストぶりは自覚しているが、それがゴルトの偽らざる真実だったのだ。
 まったく、不本意にもほどがある。

 だからこそ、せめて、セレの心を軽くしてやりたい。
 少なくとも、ゴルトの方には気持ちが篭っているのだと、伝えてやりたかった。

「愛しているよ、セレ」

「……ゴル……ト……、ごめ……」

「良いんだ。気にするな。俺のほうこそ、守ってやれなくて済まなかった」

 何故セレが謝るのか、その真意はゴルトにもわからない。
 だが、今のこの状況だ。どんな理由であろうとも、ゴルトの反応は同じだった。
 ならば、理由を問いただすのは野暮というものだ。
 それよりは、謝ってしまう彼を、楽にしてやりたい。
 謝られるより、礼を言われた方が嬉しいのだから。





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