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 大洋上に浮かぶ島に、神々に愛された王国が存在した。

 アザーク王国という。

 火山を中心としたその島は、周囲を海に囲まれ、最も近い隣国まで船で三日はかかる、絶海の孤島だった。
 島の神と海の神が手を取り合って守っていると信じられているこの国では、実際に犯罪率も低く、他国に侵略されることもなく、1400年以上もの時間を過ごしてきた。

 そして、これからもそうなるはずだった。

 均衡が崩れたのは、カラリと晴れた昼日中、白昼堂々のことだった。

 アザーク王国は、島の神と海の神に守られた信仰の国である。
 そのため、島の東端の断崖絶壁上に、質素ながら細かい意匠を施されて、神殿が建てられていた。
 崖の傾斜はほぼ直角、崖下の海は地形の悪戯からか潮の流れが速く、正面さえ警戒すれば良い天然の要害だ。

 それ故、まさか神殿が襲われるとは誰も思っていなかったのだ。

 荒れ果てた神殿内の一室で、呆然と海を眺める少女が一人。窓辺に佇んでいた。
 その背後に畏まるのは、甲冑姿の男性で、父親といっても良い年齢に見える。

「マレ様……」

 膝を突いて少女の言葉を待つその姿は、少女に仕える従者であることを物語っている。
 だが、男のその身なりから察するに、その本人も相当の身分を持つのだろう。
 甲冑の上に厚手のマントを身に着け、いくつもの勲章がその胸に輝いている。

 その男を振り返りもせず、少女は少し目を細め、眼下に広がる海を睨みすえた。

「イェン・ルー。セレを取り返すわ。協力して頂戴」

「無論でございます。セレは私の部下であり、我らが王国の大切な王族の一人。野蛮人に奪われたままにしてはおけません」

 こくり。黙って頷く。
 簡単なその仕草ですら、少女の若さに似合わない威厳がにじみ出る。
 人に命じ慣れた口調とその態度は、生まれながらの気品をいやおうなく見せ付けるものだった。

 その少女が、実に悔しそうに呟く。

「まさか、この崖を降りて逃走するとは思わなかったわ。神のご加護の目をかいくぐるとは。なんて奴らなの」

 窓から入る風が、少女の長い黒髪を煽り上げて通り過ぎていく。
 彼女の視線の先に広がるのは、何の障害物もない水平線だった。

「……セレ……」

 夏のカラッとした日差しの下、目尻に浮かぶ涙が光った。





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