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 アザーク王国から八日かかった距離を、ゴルトは五日で戻ると宣言した。
 転じて追い風になる上に、寄り道の必要がない。天候の悪化はセレが予測することで回避すれば良い。

 今度こそ、風ネズミの本領発揮だった。
 竜巻の別名である風ネズミの異名は、襲った貨物船の積荷を根こそぎ奪ってしまうその仕事ぶりにもある由来だが、それ以上に、その船足の速さを由来とするところが大きい。

 多少の風速の強弱はあったが、大体予定通りの航海が、すでに三日目になった。
 セレの生活は、往路とあまり変わらない。
 その上、他の乗組員たちに請われて、体術の教授という仕事が加わっていた。きっかけは、デンバーという名の押しかけ弟子だ。

 船に乗って日々をのんびり過ごす以外にできることのないセレは、暇さえできれば船長室の上に上り、風に吹かれていた。
 船を力強く押してくれる風は、セレの長い髪を煽って通り過ぎていく。
 真水のシャワーなど使えない船上では、潮風でも吹いてくれた方が気持ちが良い。

 その時も、船長室の上で、足を伸ばして座り込み、ぼんやりしていた。
 空を渡る白い雲が、強い風に吹かれて飛んでいく。

 梯子からひょっこり顔を出したのは、デンバーだった。

「いたいた、師匠。ここにいるかも、って聞いたんですよ」

 押しかけてきた時は結構威圧的な話し方をしたデンバーだが、船に乗り込んでしばらくすると、セレに対して敬語を使い始めていた。
 勝手に師匠呼ばわりする、セレよりもどう見ても年上の弟子は、落ち着いたら弟子の自覚が出たらしい。

 デンバーの手には、一本の液体の入ったガラス瓶があった。

「これ、モーサンにもらったんですよ。師匠に、って」

 何でも、スパスの屋台で手に入れて、セレに渡そうとしていたけれどなかなかタイミングが合わず、デンバーなら渡せるだろう、という勝手な判断のもと、託されたのだそうだ。
 使いのデンバーも良くわかっていないまま、言われたとおり持ってきたらしい。

「で、これ、何?」

「ホレ……えーと。なんだかって木の実のジュースらしいです。聞いたんですけど、覚えられなくて。すみません」

 ふーん、と答えるより他に、反応のしようがなかった。
 何か言いかけて言い直したのが気になったが、元々そんなに興味があるわけではない。

 くれたというモーサンとは、セレはあまり接点がないのが唯一気がかりではあったが。

「今?」

「えぇ。今」

 まるで、セレが飲み干すのを待っているようで、セレはため息をついた。
 この三日で、デンバーが本気でセレに懐いているらしいのは理解していたので、これ以上疑う必要を見出せない。

 瓶の蓋は、天辺を押し込むことで変形して開けられるように作られていて、非力な子供でも開けられる。
 両手を受け皿にしてデンバーが差し出すので、取り去った蓋をそこに乗せてやり、セレは少し匂いを嗅いでみた。

 確かに、木の実らしい甘い匂いだった。

 口に含んでみれば、芳醇な香りが鼻に抜けてなかなか美味しい。
 デンバーにもおすそ分けと思って聞いてみたがいらないというので、セレはそれをほとんど一気に飲み干した。

「美味しかった。ご馳走様」

 再び手を差し出すデンバーに、空いた瓶も渡す。
 それを恭しく受け取るデンバーに、セレは楽しそうにくすくすと笑った。

 セレの斜め前に畏まって座るデンバーに、もう少し近くにおいでよ、と手招きして、セレは再び空を見上げた。

「で? どうして俺の弟子になんてなろうと思ったわけ? あんた、強いじゃん、十分」

 軽々と手玉に取った相手の実力を、セレはきちんと把握できていたらしい。
 それは、あれ以来、毎日のトレーニングででも組んだことはないのだから、最初にやりあったあれでの判断なのは間違いない。

 尋ねられて、デンバーは困ったように頭に手をやった。





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