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 セレもゴルトものんびり歩いてくるのに焦れて中に戻りかけたバリスが、何に気を引かれたのかまた戻ってくるのを見て、ゴルトが首を傾げる。

「どうした?」

 すでに渡し板に足をかけていたセレは、ゴルトの言葉にこそ注意を促されて、後ろを振り返った。

 振り返ったセレの視界に、不思議そうにこちらを見るゴルトの顔と、桟橋に入ってくる一騎の馬の姿が見えた。
 騎乗の人の顔が、ついさっき見た顔で、セレの表情が険しくなる。

 それは、セレが倒した唯一の男だった。

 男は、セレとゴルトに追いついて乗ってきた馬を飛び降り、二人に近づく。何故か、笑顔だった。

「いや、間に合った。あんたに惚れたんだ。俺を一緒に連れて行ってくれ」

「……はぁ?」

 はっきりセレを見つめているから、その対象はおそらくセレなのだろう。
 言われた本人は嫌そうに眉をひそめ、ゴルトは実に苦々しい表情、唯一他人事のバリスが船の上で大爆笑している。

「俺、男だけど?」

「あぁ、もちろんだ!
 ……あ、いや、そういう惚れたじゃなくてだな。その腕っ節に惚れたっていうか。ほら、男惚れって言うだろ? あれだ、あれ。
 俺を弟子にしてくれ。頼む」

 まるで土下座でもしそうな勢いで言い募られて、セレは困ってゴルトを見上げた。
 ゴルトの方は、恋敵ではないらしいとわかった途端に安心したようで、にやりと笑って返す。

「連れて行ってやれば良いんじゃねぇ?」

「国に連れて帰れって?」

「船に乗せてやれってことさ、とりあえずはな。その後の身の振り方は、本人が考えるだろ。お前が悩んでやることでもないぜ。押しかけなんだしな」

 ほら、乗れよ、とセレを促す。
 少し押されてコケかけて、セレは子供っぽく唇を尖らせ、押しかけ弟子の男に改めて目を向けた。

「好きにすれば良い。この船は来る者拒まずだそうだしな。船長はこっち。俺に頼まれても決定権はないよ」

 それを、承諾と判断して、男は嬉しそうに笑った。
 どうやら、乗る気満々らしい、と判断して、ゴルトが道を彼に譲ってやる。

「あんた、名前は?」

「デンバーだ。デンバー・マックイヤー」

「水夫の経験は、なさそうだな。うちの船は人手不足だ。休めると思うなよ。
 バリス! 適当に割り当ててやってくれ」

「りょーかーい」

 間延びした返事をして、来い、とデンバーを呼ぶバリスを見送り、最後に船に乗り込む。
 肩の荷物をそこに待っていた仲間に託し、ゴルトは甲板に上がると、声を張り上げた。

「アザーク王国に戻るぞ! 錨を上げろ! 出航だ!!」

「アイアイサー!!」

 甲板で忙しく働いていた仲間たちが答える。
 その揃った声に満足して、ゴルトは自分の部屋を見上げた。

 見た目はどう見ても女性なセレが、風に煽られて舞い上がる髪とスカートを押さえて、こちらを振り返った姿が見えた。
 その姿は、やはり天使のようだった。





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