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 何しろ、海賊として長年腕を磨いてきたドルイドを、椅子に座ったままでねじ伏せたのが、このセレだ。
 ましてや、このひょろっと身長だけが高い貧弱な体つきのコローが相手だ。セレにとって、赤子の手を捻るより簡単だった。

 バタン、と床が大きな音を立て、男の短い呻き声が続いた。
 武というものをまったく知らない男は、咄嗟に受身を取ることもできなかったらしく、セレに思いっきり床に叩きつけられて苦しそうな表情を見せていた。

 自分でねじ伏せておきながら、それ以上は興味もないのか、セレは解いた縄紐をコローを抑えていない左手で振って絡まった部分を直しつつ、ゴルトを見上げた。

「ゴルト」

 呼ばれて、ゴルトは驚いた。何しろ、その名をセレが口にしたのは、初めてだったのだ。
 それどころではない状況の中、思わず感動してしまう。

「あ、あぁ」

「船に戻ろう。姉上が心配だ」

 先ほどとは違う、取り繕わない男の声。
 今の今までアザーク王国の姫神子であると疑っていなかった他の人々は、唖然とした表情でセレを見つめている。
 確かに、女装姿のセレを男だと見破るのは至難の技だ。驚くのも無理はない。

 セレに叩き伏せられた男だけが、セレの正体をはっきりと把握していた。
 うめくようにその名を呼ぶ。

「セレ・アザーク。お前が何故ここにいるのだ」

「国の事情も俺の存在も知らない相手に、似顔絵だけで人攫いを依頼したんだ。あんたらの自業自得ってモンだな」

 人違いという事故が起こっても仕方のない状況で、それを作り出したのは浅慮だった彼らだ。
 人違いをしてしまったゴルトにも、もちろん攫われたセレにも、責任はない。

 セレの言葉で、間違えた、という単純なミスに、気がついたのだろう。
 実に悔しそうに眉を寄せて下唇を噛むコローに、隣にいたゴルトはふんと鼻で笑い飛ばした。

「荷物はそれだけで良いのかい?お姫様」

「あぁ。わが国に足がかりがなければ彼らに打つ手はないからな。捨て置けば良い」

 からかうようなゴルトの台詞を意に介さず、周囲を取り囲む、どうみても味方にはなりそうもない一団を切って捨てる。
 そう答えながら、手はコローを自分の腕を縛っていた縄紐で後ろ手に縛りあげる。

 身動きできなくなったコローを肩に担ぎ上げるゴルトの隣にセレも立ち上がると、そこに居合わせたメンバーに対し、恭しく一礼して見せた。

「お邪魔しました」

「こ、このまま逃がすと思うか」

 あまりの展開についてこられていなかった屋敷の主が、彼らが帰ろうとしている姿にようやく我に返ったようで、慌ててわめいた。

「ものども! であえぃ!!」

 どうやら、屋敷に常駐する用心棒を呼んだものであったらしい。
 どたばたと粗野な足音を立てながら集まってきた屈強な男たちに囲まれて、セレは困ったようにゴルトを見上げた。

 ゴルトのそばにいたはずのデンマは、巻き込まれるわけにはいかないというように、その場を逃げ出していく。
 逃げた先が入ってきた玄関の方なので、屋敷からもトンズラするつもりらしいとわかる。

 暴れるコローを肩に担いで手が塞がっているゴルトは、見上げてくるセレを見下ろし、苦笑を返した。

「任せる」

「この格好で?」

「仕方ないだろ? 俺は手が塞がってる」

 ちぇ、と不本意そうに舌打ちする。肩に下ろしていた髪を持っていたゴム紐でまとめ、ゴルトの前に立ちはだかってみせた。

「どっからでもかかってきな」

 屈強な体躯の持ち主が全部で十人。まぁ、多少は骨が折れるだろう、くらいがセレの予測だ。

 セレが暴れられる場所を確保するつもりで一歩下がったゴルトが、そのまま合図の役目を果たした。
 美貌の少女を相手に躊躇する用心棒たちに、セレの方が自ら足を踏み出し歩み寄る。

「かかってくるつもりがないならそこを通してくれ」

「お、お前、男か」

 偶然にもセレの目の前に立ちはだかったその大男は、見た目と声と口調の違和感に戸惑いながら、問いかける。
 道を空けるつもりはないらしく、立ちはだかったまま。

 それに対して、セレはただ肩をすくめた。

「見たとおりさ。あんた、そこ、邪魔なんだけど?」

 見たとおりというなら、どう見ても女なのだが。
 その言葉は、彼にとっては肯定のつもりなのだろう、と判断した大男は、男相手に遠慮する必要性を見出せず、腰を落とした。
 ということは、やる気のようだ。

 ちっ、と相手に聞こえるように舌打ちして、セレも邪魔になる袖を捲り上げる。

 先に動いたのは、大男だった。背に背負っていた巨大な三日月形の片刃刀を上段に構える。
 その男に従って、他の用心棒たちも自らの得物を手に身構えた。

 対するセレはといえば、動きにくそうなスカート姿で、袖は捲くったものの素手のまま、構えもせずにそこに立っているだけだ。

 丸腰が相手ではやりにくいのか、大男は実に攻めづらそうにしていて、セレは苦笑するしかなかった。
 仕方なく、先に仕掛けてやる。

 一歩踏み込んで大男の懐に入ってきたセレに、男は手にした刀を振り下ろす。
 だが、思ったより深く踏み込まれて、しかも刀の柄を掴まれては、それ以上動けなかった。
 思った以上の力で鳩尾を一突きされて、その場に倒れこむ。

 何しろ、セレの倍はありそうな大男だ。
 それをこれだけあっさりと伸してしまった事実は、他の用心棒どもを怯ませるのに十分だった。

 誰も彼もが戦意喪失したのを見て取ったのだろう。
 ゴルトがセレに近づいていき、その肩を労うように叩いて、そばを通り過ぎる。
 その背中を少し見送って、セレもまた、袖を下ろしながら彼を追いかけた。

 はるか後方で、二人を足止めするようにと大騒ぎする人間があったが、誰一人動ける人間などいなかった。





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