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 扉が開かれると、早々にゴルトはセレを抱え上げ、乗せたときと同様に強引に馬車を降りていく。
 そのまま、肩から下ろさずにズカズカと屋敷内に入り込むので、デンマも屋敷から出迎えた使用人らしい男も、静止の声をあげながら慌ててついてくる。

 ゴルトに蹴破られかけて大慌てで左右に開かれた観音開きの扉の向こうに、ゴルトは見知っている依頼人の一団が待ち構えていた。
 さらに、見知らぬ男が一人増えている。

 ゴルトを追ってきた人々は、デンマを残して全員が、恭しくお辞儀をして退出し、扉も閉じられた。

 そこでようやく、ゴルトは肩の荷物を手近な椅子に下ろした。
 無理やり座らされた形で、セレは自分を攫った大男を見上げて抗議の声を上げかけ、口をつぐむ。
 そして、ぷい、とそっぽを向いて見せた。

 もちろん、その一連の動作の中で、室内に集まった全員の顔の検分は済んでいる。

 だからこそ、そっぽを向いた顔を、驚いた風情で正面に戻した。

「コロー!? 何故貴方がここに!」

 声を出せば、別人だとわかってしまうはず。
 セレの隣に残ったゴルトは、辛うじてセレに視線を向けるまでは至らなかったものの、びくりと肩を揺らした。

 だが、幸い、先方に気付いた様子はなかった。
 ゴルトも聞いたことはない取り澄ました声色は、おそらくその姉にそっくりなのだろう。

 驚いて問いただす姫神子に、新顔の男は恭しく頭を垂れた。

「このような異国の地までご足労いただき、恐悦に存じます。すべては我が主の悲願のため。今しばらくご辛抱ください」

「主……」

「はい。私めの主といえば、ただお一人。姫様もご承知でおいでのはず」

 依頼主と受託者のやり取りはそっちのけで、コローとセレが呼んだその男は、精神世界に片足を突っ込んだような恍惚とした表情で述べる。
 セレはあからさまに不快の表情を示した。
 これ以上、確認することはないのか。諦めたように俯くだけだ。

 で?と話を切り出したのは、ゴルトだった。

「依頼されたモンは渡したぜ。報酬をもらおうか」

 もともと、この件に深入りする気などさらさらなかったゴルトだ。
 当初の予定通り、仕事が終われば報酬をもらって早々に立ち去る、そういうそぶりを見せる。

 そのゴルトを、まぁ座りたまえ、と引き止めたのは、屋敷の主であるアルタナの領主であった。
 立ち去ったはずの使用人の男が、香りの良い紅茶の入ったカップを三客運んできて、デンマとゴルト、セレの前に差し出し、再び去っていく。

「そう慌てることもあるまい。茶でも飲んでゆっくりしていくと良い」

「生憎だが、俺は報酬さえ貰えればあんたらに用はない。俺の用件は済んだはずだぜ。今度はそっちが義務を果たす番だ」

「うむ。今用意させよう。待つ間、手持ち無沙汰であろう。良い茶葉が手に入ったのだよ。卑賤なるそなたにも振舞ってやるのだ、手をつけずに帰る道理はあるまい?」

 あくまでも、上からの目線でモノを言う領主に、ゴルトはあからさまに憮然とした表情を見せた。
 確かに地位はそれだけの格差があるが、そもそも地位に囚われない自由業のゴルトだ。
 大きく椅子を引いてそこに座ったものの、ティーカップには指先すら触れず、ふんぞり返って腕を組む。

「ふん。あんたらに振舞われる茶なんざ、飲めるかよ。何が入ってるものやらわかりゃしねぇ」

 途端に激昂したのは、隣にいたデンマだった。
 椅子を蹴って立ち上がる。
 ゴルトの方は、平然とデンマを見上げるだけだ。
 腕力の差は歴然で、怯える必要性を感じない。

 ゴルトの傍若無人な振る舞いに、高貴な身分を持つ人々は、海賊とはこういうものだという先入観でもあるのか、特に気にした様子もない。

 その人々とは、この屋敷の主に、ルドアナ王国の宰相に、セレがコローと呼び捨てた、アザーク王国の神官らしい男の、合計三人。
 それぞれに大きなテーブルの向こうに並んで腰かけ、こちらを観察している。

 やがて、口を開いたのは、またしてもコローだった。
 そして、相手は自分の隣に並ぶ二人のほうであるらしい。

「このたびはご協力を感謝いたします。お礼はまた改めて、デンゾー神官長よりさせていただきます」

「えぇ。楽しみにしていますよ」

 いったい何を約束してこんな危険な取引に応じさせたのか、セレは俯いて顔を隠したまま、眉を寄せた。

「では、参りましょうか、姫様。まぁ、近いうちにその御身分も捨てていただくことになろうかと思いますが」

 あくまで丁寧な言葉遣いだが、口にする内容は実に過激だ。
 だが、その台詞で、彼らの企みは大体読めた。

 つまり、セレの想像が大当たり、というわけだ。
 主犯は神殿で何食わぬ顔で静謐な神官長を気取りながら、今頃この失敗を取り戻す作戦を考案中であろう、その男。
 このコローは、神官長の忠実な僕といったところか。

 参りましょうか、といいつつ、席を立ったコローは、机を大きく回りこみ、セレに近づいていく。
 テーブルの下に隠した手をもぞもぞさせているのを目の端で確認し、ゴルトも内心で臨戦態勢を整えた。
 いつでも立ち上がれるように足元に力をこめる。

 お手をどうぞ、と手を差し出したのは、セレの姉、マレに対して普段している仕草だ。
 そのコローの手をチラリと見やり、それから、ゆっくりと顔を挙げる。
 不機嫌な感情を隠しもしないセレの顔は、双子といっても性別が違って随分精悍な顔立ちではあるので、これだけ近くから見れば別人だとわかるのだろう。

 気付いたコローが差し出した手を引っ込めようとしたが、セレの行動の方が早かった。





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