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船長室を出た途端、セレを取り巻く雰囲気がガラリと変わったことに、ゴルトは内心で舌を巻いた。
今までのセレが決戦を前にした男の顔だったとすれば、今のセレは完全に女性だ。
高貴な女性らしい堂々とした態度で、困惑と苛立ちを隠している。
ここまで完璧に演技されると、共謀者として自分にも気合が入るというものだ。
階段を一歩ずつ足元を確かめるように降りる人質にイライラして、というように見せかけて、ゴルトはその華奢な身体を肩に担ぎ上げると、甲板に降り、第二層にも降り、さらに渡し板を渡った。
暴れてみせるセレは、しかし、ゴルトが知っている力を微塵も感じないから、これも演技なのだろう。
肩から下ろされた人質を改めて見たデンマは、不機嫌にそっぽを向くその美貌に、息を呑んだ。
ただただセレを見つめ、微動だにしない。
ゴルトのわざとらしい咳払いに我を取り戻し、デンマはようやく、セレに対して恭しく頭を垂れた。
「長の船旅お疲れ様でございました、姫神子様。私どもの用意いたしました馬車にお移りいただきます。どうぞ」
デンマの言葉に合わせて、待っていた馬車の扉を従者が開く。
だが、もちろん、セレがそれに素直に乗り込むことなどない。
口も利きたくない、とばかりにそっぽを向いたまま、そこに立ち尽くす。
デンマが痺れを切らす前に、かなり遠くの人間にまで聞こえるほどに大きな音を立てて舌打ちしたゴルトが、再びセレを担ぎ上げて、一緒に馬車に乗り込んだ。
慌ててデンマも後を追う。
「おい、マリートの若造。姫様をそんなに乱暴に……! うわっ!!」
デンマの台詞の終わらないうちに、ゴルトはその首根っこを掴みあげ、まるで小荷物のように馬車の中に放り投げた。
きゃっと小さな悲鳴を上げて、セレが身体を縮める。
「出せ」
ゴルトのその不機嫌な声に、従者は悲鳴を上げんばかりに飛び上がり、馬車の扉を閉めることも忘れて、進行方向へ駆け出した。
かわりに、ゴルトがそれを閉めてやれば、同時に馬車が動き出す。
どうやら、入り口と反対側の壁に頭を打ち付けたらしく、しばらくうずくまっていたデンマが、馬車が動き出した弾みでセレの隣に腰を下ろした。
ゴルトはその向かいで、やはり不機嫌な様子で足を組む。
ようやく痛みが落ち着いたデンマが、大事な人質の隣に居座っている自分に気付いて、大慌てで正面に移動した。
そして、隣になったゴルトに、訝しげな視線を向ける。
「何をそんなにイラついているのだ。それに、ドルイドはどうした? 姿を見なかったが」
「あいつなら船から降ろした。大事な人質に危害を加えようとしたんだ、当然の報いだな」
「なに? あのドルイドが、か。信じられん」
「信じるも信じないも、事実だぜ。まぁ、こっちも厄介払いが出てきて清々してるがな」
ふん、と鼻息を荒くするのは、今現在不機嫌な理由がそれだと主張するため。
セレは興味もなさそうに外の見えない馬車の窓に視線を向けている。
「それで、ご無事なんだろうな?」
「無事だからここにいるんだろうが」
無傷でここに座っている相手に、無事を確認するのだ。危害、の内容を、性的なものだとデンマは勝手に解釈したのだろう。
わかっていて、ゴルトはわざと取り違えて見せた。
それが、セレを守るためだ。この小男にまで、性的な対象で見られるのは業腹だった。
そうこうやり取りしている間に、馬車は目的地に着いたらしく、ゆっくりと停車した。
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