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トーナの手伝いがセレの仕事として定着したのか、朝食を他の乗組員が終わってからトーナと一緒に摂っていると、そこにバリスがやって来た。
普段から、人前であろうと自然にイチャイチャしている二人を見ているセレは、ちらりと見やって、自分の朝食に視線を戻した。
まさか、目的が自分とは思わなかったらしい。
「ゴルトが呼んでるぞ、セレ」
「……俺?」
今度こそ朝食の皿から視線を離し、バリスを見上げる。
あぁ、と頷いて、二人に比べれば随分と大男なバリスは、自分の目の前に座る恋人の頭に手を載せた。
「着替えろ、ってよ。陸が見えてきた。
それと、トーナ。セレに化粧してやってくれ」
「えぇけど、道具は?」
「トサックの兄貴が持たせてくれてたみたいだぜ。一式入ってたから、足りるだろ」
じゃあさっそく、と腰を上げるトーナを見やって、セレは食べかけだった小魚のから揚げをしゃくしゃくと頬張り、食事を片付ける。
バリスは他に仕事があるらしく、先に食堂を出て行った。
普段からゆったりとした服装を好むセレにとって、お姫様の普段着、といった装いのこの服装は、ほとんど違和感のないものだった。
穿き慣れないスカートも、幼少時はチュニックのみの格好の方が多かったセレには、大差ない。
が、その格好を間近で見たゴルトは、トサックの店で見たのはドレス姿のみであったこともあって、完全にノックアウト状態だった。
待て、の状態のままなかなかお許しを貰えない忠犬のごとく。
すぐそばに立ち会っているトーナは、そんなゴルトの様子に呆れて、溜息をつくしかなかったが。
「船長。本人のお許しが出るまで、手ぇ出しちゃあかんよ?」
「わ、わかってるさ、そのくらい」
実に怪しい、強がりとしか思えない返事に、トーナはやれやれと首を振り、セレの肩に手を置いた。
「身の危険を感じたら、遠慮せんと殴って逃げや」
「あぁ。そうするよ」
自分の容姿が要因であることなどまったく自覚のないセレは、だからこそゴルトの態度に困っていたのだが、トーナの許しを得て、あっさりと頷いた。
反論のできないゴルトは、がっくり肩を落とすだけだった。
そうこうしている内に、船は港へと接岸した。錨が下ろされ、渡し板を堤防に固定し、バリスが迎えに来る。
「デンマが迎えに来てるぞ」
「わざわざ来なくても、逃げも隠れもしねぇっての。な?」
な、と確認する相手は、もちろん、セレだ。
その視線に促されるように見やったバリスは、その姿勢のまま、固まった。
「……な……っ!?」
もちろん、もうすでに八日間も顔を合わせている相手だ。そろそろ美貌にも慣れてきていたのだが。
ほんのりと化粧を施して、髪を女性らしくふわりと結い上げ、服装も見慣れた女性用の服装で、貞淑な色気を身にまとい、そこに立っている。
そこに立っているだけで、華があった。
何より愛しい存在がすぐそばにいるにもかかわらず、目を奪われる。
恋人のそんな反応に、若干嫉妬しかけたトーナだったが、それにしても相手はこのセレだ。
仕方ない、と諦めのため息をつく。
「さぁさ。作戦開始せんと、時間は待ってくれへんで」
仕上げに、とトーナがゴルトに渡したのは、食器の保護のためにトーナが使っている編み目の緩い縄紐だ。
人質らしく拘束しなければならないのだから、せめてセレが痛い思いをしないように、と配慮を考えた結果の素材だった。
それを受け取って、セレが自分から差し出してきた両手首をしっかり縛る。
緩すぎてはすぐに解けてバレてしまうし、きつすぎてはセレに負担をかける。
それこそ、緩衝材としての役目を果たすこの縄紐の本領発揮だ。
「ここを引けば解けるからな」
結び目を蝶結びにして、余った端をセレの手に握らせる。
指に絡めて引っ張ればするりと解ける長さだ。セレもそれを確認して、こくりと頷いた。
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