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 今でこそ、ずいぶん体つきも逞しくなり、大人っぽく成長したその顔立ちも凛々しくなったが、十四歳だったその当時のトーナは、女の子と見分けがつかない可愛らしさを持つ少年だった。

 子供を生み、子孫を作ることのできる女性は、この世界のどの国でも大切にされており、男の無駄な性欲の捌け口に女性を使うことは神を陵辱することに等しいと考えられているせいでもあるのだろう。

 花町に並ぶ娼館は多くが男娼を抱え、女よりも何倍も安く提供されているところに、その傾向が見て取れる。

 それは、権力者層でも例外ではない。
 奴隷には男女ともに売買されているが、権力者と呼ばれる男たちの暴力性、残虐性の高い性衝動の捌け口には、十中八九、男児の性奴隷が使われていた。
 そういう目的のための奴隷売買を、国の法律が保障しているのだ。
 買い取った奴隷を殺しても、罪に問われることはない。
 貧しい農村部の長男を除く男の子で、見た目もそこそこ可愛らしい子供は、比較的高く買われていくが、翌年の同じ季節を味わうことのできる子はまずいなかった。

 トーナが奴隷商人に買われたのは、十二歳の時だった。
 まるで女の子のような可愛らしい美貌を持つトーナの買い手はすぐに見つかり、明日の命の保障がない、恐々とした日々が始まった。

 トーナにとって、その半年は、生き地獄そのものだった。
 毎晩のように主人に抱かれ、主人の目を盗んだ執事やコック、果ては奴隷までが、トーナの身体を貪った。
 まるで、残り少ない少年の人生を食い尽くすように。

 トーナの人生が変わったのは、買われてから半年後。
 まったく突然のことだった。

 酷い日常ながらも、リズムをつかみ、主人に媚びるために料理を覚え始めたトーナにとっては、青天の霹靂。
 順調と思われていた主人の政治家としての地位が、些細な失敗をきっかけにガラガラと崩れ去り、一家離散することになったのだ。

 奴隷という存在は、家財道具のようなものだ。
 傷はついたものの、五体満足で美貌には一点の曇りもなく、トーナは高値で娼館に売り払われた。

 娼館での生活も、楽なものではなかった。
 しかし、屋敷住まいの間に経験した地獄に比べれは、金銭で結ばれた一晩限りの関係の連続であり、娼館の備品に傷をつければ割増料金を取られるため、命も保障されているようなもの。
 立場の割りに比較的のんびりと、そこで一年と半年を過ごした。

 トーナが海賊船に乗るに至ったのは、その娼館が、盗賊団の被害にあったせいだった。
 売り物の中でも見目の良いキレイどころを選んで、盗賊たちは一つの檻に彼らを押し込め、奴隷商人に売り捌いた。
 地元で売っては足がつくため、船に乗せて別の国へ輸送中のところ、この海賊船に横取りされた、というわけだった。

 盗賊団に攫われ、奴隷商人に売られ、慣れない船旅の末、海賊に奪われる。
 檻に入れられた奴隷たちにしてみれば、目の回るような状況の変化だ。
 トーナがダウンしてしまったのも無理はない。

 奴隷の入った檻を見つけたのは、バリスだったらしい。
 襲った船の積荷は根こそぎかっぱらうのが流儀の彼らは、奴隷を檻から出して自分たちの船の一室に閉じ込め、世話係にバリスを任命した。
 中でも手がかかったのが、熱を出して倒れたトーナで、二人の仲は実はそれがきっかけだった。




 あっさりと自分の恋人の名を告げたトーナに、セレは驚いた表情を向けた。

「バリスって、あの、バリス? トーナの恋人なのか?」

「せや。あのバリス。海賊らしない平和主義者で、気は優しくて力持ち、を体現しとるみたいな、あの人や。
 その人にな、一目惚れや、付き合ってくれ、そばにいてくれ、てゆうて口説かれてなぁ。
 あの時はもう、人生いう奴に嫌気がさしてたさかい、もうどうにでもせぇ、っちゅうて投げ出しとったんやけどな。
 そんなんじゃ駄目や、トーナの気持ちが自分を向いてくれるまで手ぇは出さん、ゆうて、ホンマに俺を強く抱きしめてくれるだけやったんや。そんなとこに、絆されたんかも知れんね」

 その後のトーナの人生が幸せなものであったことは、今現在の彼の様子から、聞くまでもなく理解できる。
 何とか生き延びるため、怖いご主人様に長く生かしてもらうために、覚えた料理の腕が、彼に生きる場所を与えた。
 それは、皮肉な現実だ。

「オヤジさんがなぁ。俺がこの船に残るて決めた時、ホンマは最後まで渋っとったんよねぇ」

 亡くなって半年が経った今でも、「オヤジさん」と呼ばれ、船員に愛されている前の船長を、トーナもやはり信頼していたのだろう。
 少し寂しそうに、そう言って小さく微笑んだ。

「どうして? やっぱり、幼いとか、力がないとか、そういうことか?」

「いや? せやなくて。
 奴隷生活からせっかく開放されるんやから、犯罪者の仲間入りなんかせんと、普通の幸せを探してみたらどや、ってな。
 うちの船な、奴隷拾て転売することも珍しいこととちゃうねんけど、取引ルートがけっこうえぇとこで、何年か下働きしたら市民権もらえるようなお客しか相手にせぇへん、いう、ちょっと珍しい奴隷商人なんよ。
 そこに口利いてもろたら、最短半年で奴隷生活から開放されるて、ちょっとした噂になってるくらいや。
 わざわざ犯罪者にならへんでも、幸せの近道紹介するで、言われてな」

 おそらくは、トーナのそれまでの人生に同情したのだろう。
 そこまで親切にされて、それでもトーナはこの船に残ることを決めた。
 今現在幸せそうな様子を見れば、その選択は正解だったといえるのだが、その当時にしてみれば、ずいぶん分の悪い賭けだったに違いない。
 一目惚れ男を信じるか、型破りな奴隷商人を信じるか。

「せやけど、俺はその時は何も信じられへんかったからな。
 少なくとも、この船に残れば奴隷として命の危険と隣り合わせの生活はせんで済むやろ。そんな、消極的な理由やってん。俺がこの人生を選んだんはね」

「けど、悩んだんだろう?」

「悩んだよぅ。まだ好きとかそんなん思てる余裕なかったさかい、ホンマにこの人に従ってえぇのんか、って。海賊がどうのとかは気にならへんかったけどな」

 普通なら、海賊という立場にまず躊躇するものだ。
 だが、トーナの場合、天秤のもう一方は奴隷で、どちらを選んでも一般的な幸せとは程遠い。
 ならば、日々を面白おかしく生きていける方を選ぶのも、彼には自然なことだった。

 結果的に、トーナの選択の結果は吉と出た。
 優しい恋人に愛され、仲間たちに可愛がられ、皆に比べれば華奢な身体を自然に気遣われて、命の危険もなく。
 幼少期に比べれば、天国のようだ。

「せやけど、何してまた、俺の話に興味持ったん? もしかして、ゴルトに口説かれたん?」

「あぁ、まぁ、そんなとこだな」

「へぇ。ゴルトも転んだのかぁ。確かにセレ、美人やもんなぁ」

「え? ……や、違う違う。仲間に誘われてるだけだよ」

 口説かれた、の意味を、本気なのかわざとなのか取り違えるトーナに、セレは思わず慌てて否定した。
 トーナがくっくっと人の悪い笑みを浮かべているところを見ると、からかう目的は一目瞭然だ。

 ひとしきり笑って、再び包丁を握ったトーナに、セレもこの場にいる主旨を思い出し、玉ねぎを手に取る。

「まぁ、せやけど、あれやね。冗談は置いといても、セレに船に残ってもらえると、俺も嬉しいで? 考えてみてぇな」

 まるでもののついでのようだが、そのわりに声色は真剣そのもので、セレは無下に断ることもできず、困って頷くくらいが関の山だった。





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