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船がスパスの町を出る直前、ドルイド以下、追放処分の決まっていた反乱分子が船の外へ下ろされる。
追って仕返しをしようという余裕を与えないためだ。
次の目的地は彼らにもバレているが、これから船を仕立てても追いつけないはずだ。
陸路も国境を越えるため手間がかかり、交通網があまり発達していないせいもあって、こちらに追いつくのは困難だろう。
船底に元々あった牢から引っ立ててきて船から追い出すまでの作業は、現在船長の次に数えられる肩書きを持つバリスが指揮を執った。
その作業を見守る船長の隣には、そもそも彼らを処分する原因となったセレがいて、実に冷めた目を向けていた。
船を下りる間際、船長の隣に佇む小柄なその姿を見つけ、ドルイドが急にわめいた。
「俺がそんなに憎いか、ゴルト! そんなニセモノまで利用するとは腹黒いヤツめ!」
「お褒めの言葉をどうも」
すかさずゴルトが返したのは、そんなおどけた言葉だった。
そもそも相手は海賊船の船長だ。
腹の黒さがその適正を分けるといっても過言ではない。
その船長の座を狙っていた男の台詞としては、ふさわしくないものだ。
したがって、集まっていた乗組員たちが、どっと笑い出した。
ゴルトの勝ちは火を見るより明らかだった。
その笑う仲間たちを押しのけて、男が一人、奥から飛び出してきた。
ただでさえ、筋肉質で大柄な仲間たちの中でも、ひときわ大柄な男だ。頭ひとつ飛びぬけている。
「一人目のおでましだ」
セレには聞こえる程度の小声で、ゴルトが解説する。
それは、あと二人厄介なのが残っていると宣言した、その片割れのことだ。
「厄介だろ?」
「暴れられたら大変そうだな」
「さすがのお前にも荷が重いか」
「別に? 相手の大きさは関係ないさ。人間でさえあれば、たいした違いはない」
肩を寄せ合いこそこそと喋る割りに、大きなことを言うセレに、ゴルトは軽く肩をすくめた。
おそらく、その自信は事実に裏付けられているのだろう。
今までの短い付き合いの中で見せ付けられた実力は、本物だといわざるを得ない。
そうして二人が内緒話をしている間にも、目の前の状況は変化していった。
仲間たちを押しのけて出てきた大男、ナグドが、ドルイドを船から降ろそうとしていたバリスに詰め寄っていく。
「ドルイドにいったい何の罪がある! 今まで船のために身を粉にして働いてきた人だぞ!」
このナグドは、実に熱心なドルイド信者だった。
大きな体格に見合った大技だが力強い戦闘力を持つこの男は、戦闘の場面においては先鋒を務め、普段は船底で船大工の仕事に当たっている。
人材としては有能だが、思想がゴルトと合わない、惜しい人物だ。
「で? どうするつもりなんだ?」
厄介な、と言っておきながら、対処をバリスに任せて動こうとしないゴルトを隣から見上げ、セレは首を傾げて見せた。
実害があるならまだしも、今のところ矛先が向いているのは現場のバリスで、セレは完全に傍観者の構えだ。
たずねられて、ゴルトは肩をすくめるだけだった。
「来る者拒まず去る者追わず、さ。例外はない」
「大人しく去ってくれれば良いけどな」
「同感だ」
頷いて、しかしやはり何もせず、ゴルトは船長室に入っていく。
肩越しに見送って、セレはもう一度乗降口を見下ろした。
乗降口といっても、本来の出入り口は船体のほぼど真ん中をぶち抜いた第二層にあり、甲板には斜めにくり抜いたような穴と階段口があるだけだ。
したがって、船外に出る方法は二つ。
甲板から降りるか、第二層から唯一の扉を開けるか。
バリスとナグドが揉めている間、罪人をつなぐ縄を持つメンバーは困ってそれを見守り、他の見物人たちはみな面白がって眺めるだけ。
バリス当人は迷惑なのだろうが、止める権限のある船長も奥に引っ込んでしまった。
どうなることやら、と上から眺めていたセレは、ちょうど真っ直ぐ見える第二層の扉が開いたのを見つけて、片眉を上げた。
当事者も含めて誰一人気付いていない中、姿を見せたのは、船長室に入ったはずのゴルトだった。
大海上を航海する船として作られている帆船であるこの船は、当然雨や嵐に耐えられる設計になっている。
つまり、船内を通ってどこへでも行けるようになっているわけで、船長室から出口まで行くのも、雨風にぬれる必要はない。
そのルートを使ったらしい。
扉を出て階段を上り、その場の会話の流れも考慮せず、ゴルトはいきなり手を二回叩いた。
「はい、そこまで。遊んでる暇はないんだ、悪いがな。
船を出すぞ! 総員配置につけ!」
「アイサー!!」
さすが先代に指名されただけのことはあり、声を張れば指令者の役目をしっかり果たす通る声で、集まっていた野次馬たちが揃って条件反射のように返事をし、それぞれの担当場所に散っていった。
にわかに動き出した仲間たちを満足げに見送り、ようやくゴルトの視線がナグドに向く。
「俺の決定が気に入らなきゃ出て行け。今ならまだ陸地に接岸してる。止めないぞ。好きにすると良い」
完全に突き放した言い方だが、こんな物言いも実は先代譲りで、バリスも同意するように頷いた。
「罪人を降ろせ。出航だ」
バリスに命じられて、ドルイド一派を見張っていた仲間たちが、縄で縛られたままの彼らを船から降りる渡し板に連行する。
戻れなければ行くしかなく、手を腰に縛られてバランスがとり辛いながらも、急いで陸に降りた。
ちんたらしていると、渡し板を強引にはずされて海へ真っ逆さまだ。保身のためには急ぐしかない。
ドルイドも結局促されるままに船を降りていくのを見て、決心が固まったのだろう。
ナグドもまた、自分の意思で船を降りていった。
「覚えていろ、ゴルト。次に会った時が、お前の命が尽きる時だ」
「あぁ。せいぜい用心するさ」
船を降りた立場では負け惜しみにしか聞こえないが、ドルイドの精一杯の捨て台詞に、ゴルトは丁寧に受け答えして、渡し板を上げさせた。
「錨を上げろ!」
船長に命じられて、ようやく本来の仕事に戻れたバリスは、威勢良く「アイサー」と答え、甲板へ駆け上がっていく。
来た時と違って堂々と甲板に出て船長室へ向かいながら、ゴルトはふと目的地を見上げる。
長い髪を後ろに結って、この港町で手に入れた動きやすい服に着替えたセレが、ほっとした表情で笑ってこちらを見ているのと目が合った。
その優しげな表情は、まるで神話に登場する海の女神のごとく慈愛に満ちていて、目を奪われる。
セレが先に視線を逸らし、船長室に入っていくのを見て我に返り、ゴルトは苦笑を浮かべた。
「……惚れた、かな?」
幸いなことに、その呟きは誰にも聞かれることはなく、風に浚われて消えていった。
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