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 まるで親子のようなトサックとセレが、ドレスを何着も試着して、あれでもないこれでもないとファッションショーを繰り広げているのを、ゴルトは出されたお茶とクッキーを楽しみつつ、面白そうに眺めていた。

 やがて、淡い黄色のドレス姿で、セレがゴルトの正面に立った。
 肩をふわりとしたファーが覆っていて、セレの胸のなさを上手に誤魔化している。
 その腰回りは、武道を嗜む男のものとは思えないほどほっそりとしていて、実に色っぽい。

 しかし、裾が地に着くこのドレスでは、動きにくくて仕方がないが。

「トサックさんが、これにしなさいって言うんだけど。どうかな?」

 普段の図々しいほどの態度が鳴りを潜め、不安そうに首を傾げる。
 問われて、ゴルトは確認するようにトサックを見上げた。

「確かに似合うんだが、どこのパーティーに出すつもりだ?」

「何だ、本当に予定はないのか。
 まぁ、良いさ。それはプレゼントだよ。彼のために誂えたようにピッタリだし、他の女に着せるのは勿体無いというものだ。
 で、ご用命の、お姫様の普段着は、こっちだ。ドレスシャツにチェックのワンピで、カーディガンでも着せれば良いだろ」

 こっち、と言いながら見せたのは、フリルがふんだんに使われた、タータンチェックを基調とするワンピースだ。
 セレの背丈に合わせれば、膝下五センチというところ。
 それに合わせるシャツやカーディガン、タイツに靴、イヤリング、髪飾りまで、一揃い用意されていた。

 これでどうだ、と胸を張るトサックに、ゴルトは苦笑を返す。

「ありがとう、助かった」

「首尾良く済んだら、詳しく聞かせろよ。楽しみにしてる」

 ゴルトが礼を言ったことで、この品で決定と判断した店員が、トサックの指示を待たずに梱包を始める。
 セレは、着替えておいで、とトサックに背を押されて、試着室へ戻っていった。

 そのセレの後姿を見送り、トサックはゴルトに近寄ると、耳元に口を寄せた。

「随分世慣れた王子様だな。どこのお偉いさんをダマすつもりだ?」

「偽者だって? 残念だが、本物さ。王子といっても、王の甥っ子だけどな」

「証拠はあるのか?」

「姫神子さんの肖像画とソックリ。双子なんだそうだ」

 それこそが、ゴルトの言うこれ以上ない証拠らしい。
 何とも曖昧で、トサックは疑わしそうだが、ゴルトの自信満々な態度に追求を諦めた。

 丁度そこへ、ここへ来たときと同じ格好に戻ったセレと、梱包された荷物が届いた。

 ドレスアップしたときは結い上げていた髪が、また首あたりでまとめるだけに戻っていて、それを見たトサックが苦笑する。
 髪飾りを並べてあるテーブルから三つほど選んで、二つをセレの手元に落とし、自分はその背後に回った。
 その長い髪を手に取り、手櫛で梳きながら結い始める。

「持ってお行き。これだけ髪が長いと、髪留めは多くて困るものじゃないはずだ」

「でも、お店のものでしょう?」

「良いさ。地味すぎてご婦人方には不評だったんだ。君にならピッタリだよ」

 どうせ廃品だ、と言うように、惜しげもなく告げて、結い上げた髪を手に持っていたバレッタでパチリと留めた。
 シンプルなデザインは、女性のドレスアップには確かに向いていない。
 むしろ、セレが普段使っていた髪留めに近かった。

 そういや、そんな感じの髪留めしてたなぁ、と今更な感想を漏らすゴルトだった。
 牢に入れる際、ベッドに寝かせるのに、痛そうだから、と取り去ってやったのを思い出したらしい。

 腰を過ぎるほどだった長い髪の毛先が背中の中ほどで止まっているのを背中で感じるのだろう。
 自分で背中を見ようと振り返り、さすがにそれは無理で諦めて、といった仕草をしているので、トサックがそばに置いてあった姿見を持ってきてやった。

「この髪型は初めてかい?」

「はい。……あぁ。頭上で髪のリボンを作ってるのか」

「自分でやるのは少し難しいかな。誰かに手伝ってもらうと良いよ。ゴルトも結構人の髪を弄るのは上手い」

 暗に、ゴルトにやってもらえ、と言われているようで、セレはトサックではなく、ゴルトを見やった。
 見つめられて、ゴルトはぷいと顔を背ける。

「船長継いだ時に女は全部切ったからな。しばらくやってないぞ」

「なぁに、手は覚えているもんさ。
 ……しかしまぁ、よく全部別れられたなぁ。本当に港ごとにいただろう?
 まぁ、普通は船長って肩書きになってからそういう状況になるもんだと思うがな」

「悪かったな。モテたんだよ、昔は」

 それは、自慢すべきことで、拗ねるところではないだろう、とセレなどは思うのだが。
 トサックは可愛い弟分をイジめて楽しんでいて、ゴルトは少し不機嫌な様子だった。

 これ以上ここにいては、さらに自分がトサックの玩具にされるのは目に見えていて、ゴルトは重い腰を上げた。
 一抱え分はある荷物を軽々と持ち上げ、セレを促す。

「代金は後でまとめて請求してくれ」

「いらねぇよ。入れ替え品から出してるから、こっちとしても処分費用が浮いて助かった」

「って、新品同様じゃねぇか」

「うちの商品は、着古しじゃ商売にならねぇよ。また入用があれば気軽に寄りな。どっさり押し付けてやる」

 またおいで、とセレにはにっこり笑ってそう言って、トサックは手を振った。
 挨拶もせずにゴルトが先に店を出て行くから、セレもただ頭を下げてそれを追いかける。

 店の外にまで出てきて、店員が三名、頭を下げて二人を見送った。

 店が見えなくなって、ようやく歩調を緩めたゴルトにようやく追いついて、セレがその隣に立ち、その長身を見上げた。

「良い人だな。どういう知り合いだ?」

「親父の息子さんさ。本物のな」

「は?」

 さらりと言われた事実に、セレは目を丸めて立ち止まった。
 隣の小柄な人がついて来ないことに気づいて、ゴルトも振り返る。

「どうした?」

「え? あぁ、いや、えー。それじゃ、あの店は、あの人が一代で?」

「いや、母方の先祖代々の持ち物だったはずだ。
 親父がこの港に囲ってた女が産んだ子供ってことさ。船に乗ってりゃ、間違いなく今船長だったし、そんな話も実際に出たんだけどな。本人が嫌だと拒否した」

 陸に残って自分の店を守る堅実な生活を選んだということだ。
 豪快さはきっと父親譲りなのだろう。
 人生は、その人が自ら決めるもので、他人にどちらが良いと決められるものでもない。
 したがって、ふぅん、とセレは頷くだけだった。

 セレの反応には、興味もないのか、ゴルトは苦笑を挟んでさらに続けた。

「あの人が陸で俺の後見人をしていてくれるから、俺は結構自由にやっていられるってところもあるな」

「実際、頼ってるみたいだな」

「あぁ。頼ってるさ。困った時には甘えっぱなしだ」

 からかったはずなのにあっさりと認められて、セレは苦笑するしかなかった。

「今回の件は、頼らないのか?」

「スパスとアルタナには交流もないからな。
 作戦面じゃ、主導権はあんたが握ってる。その頭で何を企んでるのかは知らないが、俺はあんたを目的地まで送り届けて、俺の船を守るだけさ。
 なるようにしかならないのに、相談も何もないだろう?」

「特に企める余地もないんだけどな。相手の正体に応じて、臨機応変に、だ」

「ちっとはその腹をバラせよ。俺が連携取れねぇぞ」

 ともかく、人通りの多い往来でする話ではない。
 何を話したものか、と悩みながら、セレは黙ってゴルトの後についていく。

 大きな荷物を抱えた大男と手ぶらの美少年が連れ立って歩く姿は、先に立って歩くのが荷物持ちなだけに、力関係の読めない道連れで、道行く人々の好奇の目を誘ったが、二人とも、まったく気にした様子はなかった。





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