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ようやく止まったそこは、ショーケース内にドレスを纏った人形が立っている店だった。
店内に入ると、店員がすぐにやって来て頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
「マリート号のゴルトだ。店長はいるかい?」
「お待ちください」
ゴルトの名乗りを聞いて、店員はさらに頭を下げ、奥に入っていく。
ゴルトはそれを見送り、店内のクッション張りのソファにどかっと腰を下ろした。
「良さそうなモン、物色しとけよ。一揃い買うからな」
自分で選ぶ気はないらしい。
大陸風の女性ものの服装にはまったく見識のないセレは、困ったように、だが、とりあえずレールにかけられた数々のドレスに手を伸ばした。
店内にある商品は、紳士ものより断然婦人ものが多いのだが、ドレスにアクセサリー、靴、カバン、帽子、髪飾りなど、本当に一式揃いそうな品揃えだった。
それらの商品を眺めて、ふと気づく。
「値札がない……?」
「あぁ。ここは貸衣装屋だからな。ドレスはいくら、靴はいくら、って感じに統一料金になってる。だから、値札はついてねぇよ」
「じゃあ、借りるんだ? 服」
「いや、買ってく」
え?と問い返したセレは、きっと間違ってはいないはずだ。
貸衣装屋から買うというのは、それはそもそも可能なことなのか、よくわからない。
と、ゴルトの言葉に、別の男性の声がかぶった。
「こんな使い古しじゃなくて新調すれば良いのに。そういうケチくさいことをするから女の子に逃げられるんだぞ」
現れたのは、白髪の混じった人の良さそうな紳士だった。
砕けたその口ぶりから、ゴルトとは親密な関係であることが窺える。
その男性を見やって、ゴルトは立ち上がると、自分から握手を求めに行った。
「仕事でなければそうするさ。久しぶり、トサック兄ぃ」
「親父の葬式以来だな。だいぶ船長らしくなってきたじゃないか」
ゴルトの分厚いごつごつした手と硬く握手を交わし、弟をいたわる仕草で、その肩を抱き寄せる。
ガシリと抱き合いすぐに離れるその挨拶から、余程親しい関係であることが見て取れた。
「プライベートじゃないのか? 今度の新しい彼女かと思ったぞ」
「残念ながら。それに、こいつは男だよ、兄ぃ。確かに美人ではあるがな」
「なんだ。ドレスを見てるから女性なのかと思ったぞ。女装させるのか?」
「あぁ。こいつに似合うもん、一式見繕ってやってくれ」
どうにも悪巧みの会話にしか聞こえないのだが、その一方がこんな高級品を扱う店の店長であることに、セレは呆れた。まったく、世も末だ。
それに、そもそも海賊船の船長が兄と慕う相手とは、一体どんな人物ならばあり得るというのか。
それで彼は?とセレの素性を尋ねた彼に、ゴルトは同じようにセレを見やって、手招きする。
「アザーク王国の王子様さ。国に帰すのに一芝居必要でね」
「身代金も取らずに? 海賊船の船長としては酔狂なことだな」
不思議そうに、しかし飛躍した問い返し方をされて、ゴルトはその思考経路を確認することもせずに頷く。
代わりに、セレが首を傾げたが。
「どうして身代金を取らないってわかるんですか?」
初対面である上に、どう見ても親子ほど歳の離れた年長者相手に、セレが丁寧に問いかけると、トサックとゴルトに呼ばれたその男は、肩をすくめた。
「身代金を取るということは、王子様にとってはマイナスに働くはずだ。ということは、王子様とゴルトが手を組むってことは考えられない。
で、お前さんがた、双方共に納得ずくで行動を共にしているようだからな。簡単な推理だよ」
「正確には、取らない、じゃなくて、取れない、だがな」
訂正をして、お茶目にウインクしてみせるゴルトに、セレは苦笑するしかなかった。
自業自得とはいえ、ゴルトには本当に踏んだり蹴ったりな事態なのだ。
身代金の請求すらさせてやれないことが、心苦しくないわけでもない。
「だから、その分を別の方法で取り返すのさ。めいっぱい飾り立ててくれよ」
「ふぅん。良くわからんが、まぁ良い。俺が見立ててやるんだ、首尾良くやれよ」
おいで、とトサックに手招かれて、セレは確認するようにゴルトを見やり、何も反応がないのを確認して、トサックの後に続いた。
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