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人間はやはり、陸の上の生き物であるらしい。
スパスの町に着いた途端に、知っている土地であるせいか、乗組員の一人残らず目を活き活きと輝かせた。
急ぐ道行きの途中のため、ゆっくりと停泊することはできないが、積荷を下ろし、食料や消耗品を買い求めて積み込めば、出港予定時刻までは自由行動が許される。
さすがに真昼間から酒と女に興じることはないが、バザールに繰り出すのも彼らには楽しみの一つだ。
着るものや自分の武器、恋人や家族への土産の物色など、見るべきものはたくさんある。
仕事を終えて町へ繰り出していく仲間たちを見送って、ゴルトは久しぶりの町を目を細めて眺めた。
ゴルトの隣には、セレが立っていた。
初めて見る他国の港町に、目を奪われるのも仕方のない事だ。
セレがいた神殿の門前町は、これも港町だったが、これほどの活気はなかった。
じっと町並みを見つめて動かないセレを見下ろし、ゴルトは幼い子供を見るような優しい目になっている自分を自覚した。
普段の、いろいろな物事を達観視するセレも、きっと本物なのだろうが、こうして頑是無い表情をするセレもまた、多くの顔を持つそのうちの一つなのだろう。
無意識である分、庇護欲を掻き立てる。
だが、実際に甘やかすと嫌がるだろうこともわかるため、ゴルトはその肩に手を置いて、今まで通りに話しかけた。
「俺たちも、出かけるぞ」
「……え? でも、商品の査定待ちだろう?」
「それは、バリスに任せてある。俺たちは買い物だ。貴婦人らしく着飾らせてやるよ」
言われて、寄り道の本来の目的を思い出したのだろう。
あ、という形に口を開けて、固まってしまった。
その後、むっと唇を尖らせて眉間にも皺を寄せ、心底嫌そうなポーズになる。
「それじゃ、俺が望んでるみたいじゃないか」
「ある意味間違ってないだろう? 今更物怖じするのか?」
「……面白がってるだろ」
「もちろん。さ、行くぞ」
こっちだ、と声を掛け、先に立って船を降りていく。
深くため息を吐き、セレも大人しくその後に続いた。
腰に手を回そうとしたゴルトのその手を、ペチリと叩き落して。
どうやらゴルトには当てがあるらしい。
通りかかる衣料品店には目もくれず、奥を目指して進んでいく。
段々と店先に出ている品物の値段が上がっていくのを見ながら、セレは不安になってきた。
確かに、金を貸してくれ、とは言ったが、返す当てがあるかといえば、自分の貯め込んである給金くらいで、それも微々たる物だ。
「なぁ。そんなに奮発しなくても、一回しか着ないんだから……」
「あ?
……あぁ。気にするな。必要経費だ、こっちで持つさ。金のことは気にしないでついて来な」
一体どのくらいの予算を考えているのか、ゴルトの足は止まることなく、店構えもどんどん高級になっていく。
店先のワゴンがショーケースになり、値札の大きさが小さくなり、並ぶ0の数が増える。
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