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 とはいえ、セレにも双子の姉という心配してくれる相手がいるのだ。
 さすがセレと血を分けているだけあって、気が強く随分頑固な性格の彼女は、きっとセレを助けるために無茶をしようとするに違いない。
 十五年も双子の弟を閉じ込めたままだったという罪悪感は、彼女は何も悪くないというのに、人一倍強かった。

 自分を、制限付きとはいえ自由にしてくれた恩人である姉に、今身の危険が迫っているのだ。
 これを阻止する。それこそが、現在只今セレがやらなければならないことだった。
 他のあれこれはこの際二の次だ。というより、他の事を考えていられる余裕が、セレにはない。

「姉を助けたい。今は、それだけだ」

「……正直な気持ちが聞けて良かったよ。わかった、まずはこの一件を片付けよう。
 だが、頭の隅にでも覚えていてくれ。うちはいつでも歓迎する」

 納得して、頷く。
 ゴルトとしては、勧誘する立場として、相手の現在の状況が自分たちの望みを叶えられる状況になるように、手助けをするのは当然のことだ。
 そして、それは今やるべきことと直結している。

 ぽん、と子供にするように頭を叩かれて、セレはその手を見上げた。驚いたような顔だった。

「……何?」

「いや。手を置きやすい頭だと思ってな。ちょっと落ち込んでただろ?」

「人が落ち込んでたら、叩くのか?」

「……お前、子供の可愛がり方も知らないんだな。ガキ扱いするな、って怒るところだぞ、ここは」

 思わず苦笑して、それでも、セレの生い立ちを聞いていたからこそ、そんな反応の理由に思い至り、親切に説明してやる。
 そして、納得できない表情のセレに、同情の色を見せた。

 自分以外には、先生とメイドくらいしか出入りしない箱庭の中で少年時代を過ごしたセレには、同年代の友人も自分を無条件に可愛がってくれる家族もいなかったのだ。
 それでもこんなに素直に育ったのは、きっと二人の師のおかげなのだろうが。

 そう考えてしまうと、あまりにセレの境遇が不憫でならない。
 決して順風満帆な人生ではなかったゴルトでも、幼い頃の裕福な生活の幸せな記憶があるし、時にはそれが支えになったりもした。
 没落した後でも、家族の愛は死に別れるまで失われることはなかった。
 セレと比較してしまえば、どんなに恵まれた人生だったかと振り返ってしまう。

 この船は、海賊船というだけあって、あまり恵まれていない人生を歩んできた者が集まっている。
 それは紛れもない事実だ。
 ゴルトはその中では確かに恵まれていた方だと自覚している。
 だが、乗組員たちの誰と比較しても、セレほど人の愛に触れずに育った人間はいないだろう。
 十分な食事はなくても親の愛だけはあった者なら大勢いるが、最低限の衣食住以外何も与えられない、といった事態は、貧乏人はなかなか遭遇しないものだ。

「無意味に叩かれたら、驚くものだろう?」

「まぁ、良いじゃねぇか。痛くはなかっただろ?」

「……確かに」

 納得はできないものの、そこがどうやら決着点だったらしい。
 肩をすくめ、立ち上がる。

 大型とはいえ船に乗り始めて三日目だというのに、手すりもなく風が吹きすさぶこの場所で、特に足を踏ん張ることもなく立っているセレを見上げ、ゴルトは首を傾げた。

「もう少しゆっくりしたらどうだ?」

「日が暮れたら手伝って欲しいとトーナに頼まれた。俺は別にするべきこともなく暇だからな」

 ひらりと手を振って、踵を返す。引き止める理由もなく、ゴルトはその姿を見送った。

 ゴルトも登ってきたはしごまで近づき、普通ならこちらを向いてしゃがむはずのところ、セレはそのまま宙に足を出した。
 ジャンプのために勢いをつけるでもなく、階下に飛び降りる。
 着地点から聞こえた音は、バリスくらいの大男の足音とあまり変わらない軽いものだった。

 まったく本当に、セレの身体能力は底が知れない。
 いかに幼少時代が暇だったからとはいえ、天賦の才能を感じざるを得なかった。

「さて、どう口説き落とすかな」

 最初は単なる思い付きだったが、その方針で考えれば考えるほど、このまま手放すのは惜しいと思える。
 加えて、美人と断言できるあの容姿だ。
 良いマスコットになること間違いない。

 これは、本気で画策するべきだろう。
 そう考えて腕を組むゴルトの表情には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。





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