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 東の空から宵闇が迫ってくる。
 この季節、沈む太陽は真西からやや南側にあり、今丁度海の下に沈みきったところだった。
 西の水平線にオレンジ色の光の線が走り、空と海とを分けている。

「何か、妙に穏やかな気持ちだと思ってさ」

 別に隣の人に言い訳しているつもりはないのだが、何となくやはり言い訳めいたことを口にする。
 そんなセレに、ゴルトは一瞬驚き、ふっと目を細めた。

「自由だからだろ」

「拉致られてるのに、か?」

「随分自由に振舞ってるじゃないか、その割りに。監禁されているわけでもなく、監視も付いてない」

 今までのお前の生活に比べたら十分自由だろう、とゴルトはまるで見てきたように評する。
 セレはそれに反論しようとし、しかし言葉が見つからずに苦笑を返すしかなかった。

 セレが反論してこないので、ゴルトはさらに言葉を続けた。

「いっそ、このままこの船に留まったらどうだ? 国に帰っても良いことはないんだろう?」

 それは、特に熱心な勧誘というわけではなく、ほとんど思いつきに近い。
 命を狙われているこの状況で、穏やかだと言えるその度胸に、五人の屈強な男たちを一瞬で伸してしまったという武術の腕に、そして何より、船にとっては生命線とも言える天候の機微に聡いその能力に。
 勧誘に値するだけの価値があると考えるのだ。

 ただでさえ、この一件でなけなしのメンバーを多数追い出さなくてはならないこの状況下で、セレが仲間になってくれると実に心強い。

 まさかそんな誘い方をされるとは思っていなかったセレは、唐突な申し出にきょとんと目を丸くした。
 それから、呆れたように肩をすくめる。

「間違って攫っておいて言う台詞か?」

「何。出会いのきっかけなんてそんなもんだろう。
 トーナなんか、もっと酷かったぞ。襲撃した貨物船に積まれていた商品の一人だ。
 奴隷の檻の中にいてなぁ。売りさばく時に熱出してダウンしていて売り物にならなかったから、うちで引き取ったら、たまたま料理が天才的に上手くて、今もここに残ってる」

「……それは、トーナにとっては命の恩人だろ」

 奴隷として売られるのと、海賊船とはいえコックとして皆に愛されるのとでは、雲泥の差だ。

「だが、元々奴隷だぞ?
 当時十四歳だ。あの貨物船で、っていうかその前も、どんな扱いを受けてたんだかわからないが、酷い扱いだったんだろうな。
 始めの頃はトラウマが酷くてよく暴れたもんさ」

「しかもあの容姿だからね。たぶん、性奴隷として高く売れただろうね。
 少年に手を出すような輩じゃ、掴まったが最後嬲り殺しにされる。
 トーナにとっては、この船は命の恩人だろ? 本来の予定のまま売られてたら、と考えれば、天国みたいなもんだ」

「……お前って、そういうところは冷静なんだな」

「何だよ。なんでもかんでも可哀想がれば良いってもんじゃないだろ?
 今が幸せならそれが良いのさ」

「お前もな」

「……それが、言いたかった?」

 そもそもがゴルトの思い付きだ。
 まさかこんな問答を期待して誘導したわけではないだろうが、なかなか上手い切り返しに思わず疑った。
 ゴルトはまさかと肩をすくめ、だろうな、とセレもあっさり認める。

「本音を言えば、お前にはこの船に残ってほしい。このまま逃がすのは惜しいと思ってる。
 だが、これはお前を仲間に誘ってるだけで強要はできない。お前が好きなように決めることさ」

「……俺は神子だ。あの国を離れるわけにはいかない」

「離れても、力は十分発揮してるだろう?
 それに、国に認められていないんじゃ、帰ろうが帰るまいが関係ないと思うがね。
 そこまで義理立てする理由がどこにある」

 セレの事情を本人の口から聞いているゴルトだ。
 セレが内心で迷っているその理由を、一つも違えずに言い当てた。

 実際の話、セレの存在は王国にとって不要なものだった。
 事故か病気で自然に命を落としてくれることを、神殿関係者も王家のメンバーも権力者連中も、揃って願っていた。
 王家にとって不吉な存在である双子の弟で、神聖な神の愛を受けて生まれた神子。
 処分したいのにないがしろにできない、厄介な立場だ。

 そんな人間が、海賊に攫われていった。
 国にとっては体の良い厄介払いだ。二度とセレに戻って欲しくもないだろう。





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