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 名もない無人島を出発し、船は嵐の後とは思えない穏やかな海を、目的地に向かってひた走る。

 次の目的地は、スパスの町。無法者や荒くれ者が集まり、新鮮な魚介類から表に出せない盗品まで、ありとあらゆる物が売買される、活気に溢れた市場が常設されている。
 海沿いには、海賊でも堂々と入港できる港町がいくらか点在しているものだが、中でもスパスは規模の大きな町だ。

 この町を選んだのは、近さももちろんだが、その商いの幅広さが決めてだった。
 セレを上品な王族の姫に仕立て上げるには、それなりの高級品を扱っている店が必要であり、このくらいの規模が最低でもないと、そういった金持ち御用達の高級店など開いていないのだ。
 ついでに、新鮮な食材を調達しておきたかった。
 魚介類は船から釣り糸を垂らせば良いが、野菜は海上では手に入らない。

 現在位置からスパスの町まで、計算上は後半日かかる。翌朝到着予定だ。

 船長室の上に登れるはしごを見つけて、セレは一人でそこにいた。
 手すりがあれば寄りかかっていただろうが、人が長居するためにはできていないスペースなので、安定するために座っている。
 手を後ろについて脚を投げ出し、空を仰ぎ見れば、夕方の赤い空が東にまで広がっていた。

 これがただの観光であれば、素直に感動していただろう。
 だが、今のセレには、遠くまで来ちゃったなぁ、と思うくらいが関の山だ。

 小さな雲が点在して、夕焼けに照らされている。
 沈み始めると早い太陽のオレンジの光を反射しているものだから、少しずつ、だが確実に色を変えていくのが見ていてわかる。

 昔は、毎日暇を持て余して眺めた景色だが、条件と状況が違えば違って見えるものであるらしい。
 絶望と共に見た夕焼け空は、終わりへまた一歩、というイメージだったが、翌日にすべきことが山積みの今は、嵐の前の静けさながら、荒ぶる心を落ち着かせてくれる穏やかなひと時だ。

「不思議なもんだなぁ」

 一人きりでいる安心感から、思わず呟いた。
 当然、答える声など期待していない。

 そのはずだったが。

「何がだ?」

 声と共ににょきっと顔を出したのは、この下の部屋の主だった。
 セレも登ったはしごを登り、その体格に似合わず身軽な動作でよじ登る。
 揺れが少ないとはいえ、風も強く当たる不安定な足場を、平地を歩くように楽々と歩いてくるのは、さすが長年海上で生活する男だ。

「何だ。あんたか」

 ドルイド派の人間には目の敵にされている自覚のあるセレは、ほっと肩を下ろした。
 この船の上で、敵視しなくても良いとわかっている人間はまだ五人のみ。
 警戒してしすぎることはない。

 隣にやってきて、腰を下ろしたゴルトに、セレは首を傾げて見せた。

「なぁ。聞いても良いか?」

「おう。何でも聞いてくれ。今更隠すこともない」

 この船の内部事情には、乗組員以上に詳しいセレだ。
 もちろん成り行き上だが。
 これ以上の秘密事項など特になく、ゴルトは軽く頷いた。
 そんな開けっ広げな態度に、セレは思わず笑ってしまう。

「この船。一体何人乗ってるんだ?」

 嵐をやり過ごす間、他の乗組員と同様に食堂で食事をし、医務室でニナックやニノの手伝いをして、作業中に怪我をした仲間の手当てに行ったニナックに同行して船中を歩き回ったセレの、率直な疑問だった。
 この船の大きさに対して、乗組員の数が少ないように感じるのだ。

 その質問に、ゴルトは簡単に納得した。

「今乗ってるのは、お前を含めて三十二人だ。この規模の船にしちゃ、少ないだろうな。おかげで、みんな忙しい」

「増やす予定はないのか?」

「来る者拒まず去る者追わず、ってのが、先代の方針でな。
 三年前までは、百人近い仲間が乗ってたんだが、当時の副船長が独立したときに、半分以上そっちに行っちまったのさ。
 それから、増える人数より減る人数の方が多くて、この様だ」

 それが、取り繕いのない実情なのだろう。ふ、と笑って、ゴルトも空を見上げた。
 反対に、セレは空よりもゴルトの方に注目する。

「それ、仲違いか?」

「いや。元々独立志向の強かった人なんだよ。
 資金も貯まったし、かねてからの夢を実現させたい、ってとこだ。
 親父もそれは承知していたから、頑張れよ、って言って快く手放したもんさ。
 俺らと活動拠点をずらして、縄張り争いにならないように、って配慮もあったしな。
 今でも交流はあるし、親父の葬式にも来てくれたぜ」

 海賊同士の関係など無関心だったセレには想像もつかないが、商売敵であることには違いない。
 表向きだけだとしても、円満な関係というのは想像がつかず、セレは、へぇ、と感心して見せた。
 ゴルトが親父と呼ぶその前船長はきっと、剛毅な性質だったのだろう。

 その心を引き継いだのが、ゴルトなのだとすれば、やはりそれは必然だったのだ。
 セレ自身がドルイドと顔を合わせて話したのはたったの一度きりだが、それでも彼の思考傾向や性格はある程度読める。
 海賊としては適当といえるステレオタイプなその性格も、前船長から見れば好ましくなかったのだろう。

 今のところ、セレにとってはそんなあれこれは他人事でしかないのだが。

「だったら、六人も減ったら大損害だろ?」

「たぶん、六人じゃ済まねぇよ。あと二人、厄介なのが残ってる。このまま一件が片付くまで大人しくしてくれると良いんだがな。気をつけろよ。狙われてるのはお前だ」

 話を元に戻して尋ねるセレに、ゴルトはさらに人数を増やして答えてきた。

 しかし、気をつけろ、と言われても、相手がわからなければ気をつけようもない。

「何かされる前に、捕まえるわけにはいかないのか?」

「まだ何もしていないのに、か?」

「……だよなぁ」

 確かにその通りで、セレは苦笑して肩をすくめる。
 そうしてまた、空を見上げた。





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