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船で待っていたゴルトは、戻ってきた人数と空っぽのポリタンクを見て、事情を言われずにも把握したようだ。
この島で水の補給をしておかないと、航海中に乗組員が干上がってしまう、という懸念もあって、代わりになる人足を五名追加して、トーナを隊長に再び送り出す。
十三個のポリタンクは、大男五人が一人二つ、トーナ、ニノ、セレの三人はポリタンク一つをノルマとして計算した数だ。
身体の大きさに合わせた妥当な割り振り方で、誰からもその割り当てに不満申し立ては出なかった。
トーナもニノも、他の乗組員に比べれば、大人と子供ほどの体格差がある。
それは誰から見ても疑う必要のない事実だ。
今度の水調達部隊は、セレに道案内を頼んだおかげもあって、船からさほど離れていない近場に水源を見つけ、あっという間にその職務を終えることができた。
あれだけ長い距離を歩かされた苦労は何だったんだ、とニノがボヤいたのも、無理のない話だろう。
五人の暴漢たちが帰ってきたのは、第二陣水調達部隊が帰ってきてすぐのことだった。
船の入り口で待ち構えていたゴルトは、偉そうに腕を組み、彼らを高みから見下ろした。
「よくのこのこと帰って来られたもんだな。反逆者は死刑、がこの船のルールだったはずだが?」
「反逆? 冗談じゃない。ガキが三人も行方不明になって、方々探したんだ。一体何の濡れ衣だよ」
「トーナが怒ってる。お前ら全員メシ抜き、だそうだ」
基本的に、乗組員の食事の一切を取り仕切っているのがトーナだ。
ある意味、どの幹部よりも敵に回したくない相手である。
だからこそ、ゴルトの台詞は実にダメージが大きい。
この船上で、誰でも簡単に餓死させ、あるいは毒殺できる人間なのだから。
先ほどは強気な発言をした彼らも、これは必死になるしかなかった。
確かに、トーナがいなくても代わりは何とかなる。だが、トーナがそこにいるのなら、従わざるを得ないのだ。
船の外でならば事故に見せかけて始末できても、船上では他の乗組員に守られていて手が出せない。
加えて、トーナはまだ十七歳にもかかわらず、栄養バランスが良く美味しい料理を作る天才シェフ。
彼の料理にはファンが多い。下手なことをすれば、身の毛もよだつ報復が待っている。
「いや、それは、俺たちはただ命令されただけで、本気であいつらを始末しようと思ったわけじゃ……」
「思わなくても、実行しようとしてたなら同じだろ。まぁ良い。その命令した奴の名を言え。命だけは助けてやる」
そこに出てくる名など、すでに了解済みだ。
だが、実行犯の証言があれば、今も甲板上で修復作業の指揮を執っているその人物を、今すぐに捕らえることができる。
自分の命がかかるとなれば、それ以上義理立てすることもないのが、船を転々と移動して出世していく海賊ならではの基本理念だ。
したがって、この船の中ではドルイド派であるゼルがその主を裏切るのも、至極あっさりとしたものだった。
「ドルイドだよ。アザークの客人を事故に見せかけて始末しろと命じられたんだ」
「ほう。で、理由は?」
「知らねぇよ。何か気に食わねぇことでもあるんじゃねぇか?」
気に食わない、の一点のみで客人を死に至らしめるほど、彼らにとって自らの信用と人間の命とは安っぽいものであるらしい。
呆れたように首を振り、ゴルトは大きくため息をついた。
「バリス。こいつらとドルイドを捕縛だ。理由は客人相手の殺人未遂。せめて牢は別にしてやれ」
「アイサー」
五人を迎えたときは一人だったゴルトは、いつの間にかその背後の存在に気づいていたらしい。
ゼルたち一行が帰ってきたとの報告を受けて、部下を使って宝の整理をしていたバリスがここにやって来ていて、その彼にゴルトは当然のように命令を下した。
バリスもまた、それを当然のように引き受け、身近にいた乗組員に手伝わせてしょっ引いていく。
見送って、ゴルトは医務室のある方に視線を向けた。
窓辺に佇みこちらを見守っていたセレが、ゴルトの視線に気づいて部屋の奥へ立ち去っていく。
大男五人を叩きのめしたとはとても思えない華奢な背中を見送って、ゴルトは苦笑を浮かべた。
どうやら、三十人のバトルロワイヤルで一人勝ちしたというその経歴に嘘はないらしい。
「あんな小国にはもったいない人材だな」
国家の軍部には縁のないゴルトでもわかるほどの有能さに、思わず肩をすくめて独り言ちる。
人違いで誘拐しておいて何なのだが、できることならこのままこの船に留まってほしい。
おそらくありえない話だが、ゴルトは半分以上本気でそんな風に思った。
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