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対峙した相手の数は五人。いずれも武闘派で鳴らした筋肉質なタイプだ。
周りを見回せば、高い木の根が足元を不安定にし、低い木々がさらに動きを遮る。
乱闘できる場所などほとんどない。
だが、その条件は双方共に同じだ。
セレは、扇形にこちらを取り囲む大男たちを見回し、軽く肩をすくめた。
「俺はともかく、この二人を失うのは船にとって大損害なんじゃないのかい?」
何しろ、ニノは唯一の航海士で、トーナは唯一の専属コックだ。
どちらも、失うのは大きな損失のはずだ。
だからこそ、この二人をゴルトはストッパーとしてセレに同行させたのだ。
だが、そうはいっても、いなくなったら食っていけない、路頭に迷う、というほど大きな問題にはならないのも、これまた事実だった。
コックがいなければ、別の水夫をコックに据えるなり当番制にするなりの方法はあるし、一応彼らも長いこと船上で生活しているのだから、ある程度の航路計算はできる。
あくまでストッパーであって、壁にはなり得ないのが、二人の立場だった。
それが、その男、ゼルにもわかっているのだろう。
ふん、と鼻で笑い飛ばす。
「代わりはいくらでもいるさ」
「……あんたら、今後一切メシ抜き」
カチン、ときたのだろう。
それで動揺が落ち着くあたり、コックといえどもトーナは度胸が違う。
目が完全に座っていて、右手人差し指で相手を指差し、宣言する。
それから、自分の前に立つセレの後頭部に目を向けた。
「遠慮せんと、叩きのめし!」
「おや、お許しが出たねぇ」
おそらく、セレが相当の武術の腕前を持っていることは、ゴルトから聞いていたのだろう。
それでなければ、自分と大差ない小柄なセレに、叩きのめせ、とは言えない。
実際命を狙われている立場ながら、のんびりとそう言って、セレは軽く左足を引いた。
「じゃあ、遠慮なく」
王家の人間が総じてそうであるように、多分に漏れず優しそうな顔だちのセレは、そこに人の悪い笑みを乗せた。
引いた左足に体重を乗せて一瞬身を沈め、その反動を利用して跳躍する。
ジャンプしようとする人間なら同じような行動になるだろうが、セレのその姿はまるで重力など無視して舞い上がったかのようだ。
取り囲む男たちのうち、真ん中にいた男、ゼルの肩に手をついて、ふわり、と足音も立てずにその背後に着地する。
そして、間髪入れず、すらりと形の良い右足が跳ね上がった。
反転しつつの回し蹴りが、ちょうどゼルの腰にのめり込む。
硬い腰の筋肉に当たった反動を直接受けないようにセレが膝を曲げたことで、その踵がゼルの腹部を直撃し、ぐえ、と蛙を潰したような醜い声が漏れた。
「兄貴っ!?」
あまりに唐突だったセレの身軽な動きを思わず見守ってしまった他四人が、ゼルの呻き声で我に返る。
腹を抱えて前屈みになったゼルを見、ようやく自分のすべきことを思い出したのだろう。
それぞれに、その両手に持っていたポリタンクを放棄し身構える。
闘気が向かう先は、兄貴分であるゼルを一撃の下に倒した男だ。
四人の屈強な男たちに注目される優男は、どこからでもかかっておいで、とでもばかりに、悠然とそこに立っていた。
首元でまとめて結っただけの長い髪が、その背で風に吹かれて揺れている。
「野郎っ!」
四人の息が無駄にぴったり合って、全員が揃って叫ぶのに、セレは思わず笑った。
「仲良いねぇ」
あはは、と声を出しておかしそうに笑う。その笑った状態のまま、軽くバックステップを踏んだ。
セレの頭があった場所を、二つの拳が襲い、続いて左右から時間差でさらに追い討ちをかけた。
そこにセレがいれば、ただでは済まなかっただろう。
だが、実際にそこで起きたのは、勢いを止めきれずに仲間の拳と拳がかち合ってぶつかり合う程度だった。
どうやら、相手がいきり立つこんな状況に免疫がないらしい。
相手が怒るほど、セレの表情が本気で楽しそうに変わっていく。
ようやく、ゼルも腹部の痛みから立ち直ったらしい。
のっそりと顔を上げ、自分の背後を振り返る。
「この野郎〜っ!」
「お〜。さすがタフだねぇ。力加減してたらやられちゃうかな?」
その言葉自体、相手を挑発するものであると自覚はあるのだろう。
あえて軽口を叩き、加えて相手を馬鹿にするような笑い方をして見せた。
そんなセレの見え見えの挑発に乗ってしまう彼らは、やはり下っ端どまりなのだろう。
そしてそこは、セレの独擅場になった。
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