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 嵐が去れば、上空には抜けるような青空が広がる。
 強い雨と風で大気に澱む空気が一掃されるせいだ。

 上空が晴れても、しばらくは波の高い状態が続く。吹き返しの風のせいだ。
 帆船であるから強い風はありがたいのだが、何事にも限度というものがある。

 ともかく、風と高波が収まるまでは足止めを余儀なくされるため、海賊船の乗組員たちは、その間に船の点検修理と飲料水、食料の確保に精を出す。

 その飲料水調達班の中に、セレの姿があった。すぐ隣にはニノがいて、初上陸を果たした無人島のジャングルに目を奪われていた。

 ニノとは反対の隣にいるのは、この船のコックで、トーナという。
 ずいぶん童顔で、年上に見積もっても十代半ばという子供っぽい顔つきだが、これでセレと同い年だという。

 当てがあるのかないのか、ずんずんと先に立って奥へ進んでいくリーダーと他の先輩諸氏に、三人はただついていく。
 船上が戦場になれば武器も取るが、基本的に非戦闘員であるニノとトーナに武力は期待していないようで、前を行く仲間からは特に省みられることもなく、こちらもただ必死についていくだけだ。

 歩けど歩けど水音すらしてこないのに、まず焦れたのはニノだった。
 そもそも頭脳労働派のニノは、体力も貧弱だ。音を上げたのだろう。

「水源はどこなんだよ、この島ぁ」

「……え? わかっててずんずん進んでるんじゃないのか?」

 ニノのボヤキを聞きとがめて、セレが目を丸くする。
 苦笑して肩をすくめたのはトーナだった。

「初めての島で、場所なんかわかるわけないやん」

 言葉はかろうじて通じるものの、随分と遠い西の方の台詞回しで、それが方言であることはわかるが、聞きなれない感が強い。
 島に閉じこもっていて、外界に触れる機会がまったくなかったセレには、初めて耳にした方言だ。
 語句だけではなくイントネーションまで違うらしい、とは、今まで書物と先生から聞いた話の中での知識としてしか知らなかったセレにとっては、大発見だ。

 しかし、それにしても、その発言はセレとしては聞き逃せない。
 水を探すためだけに道に迷うのは、時間と労力の無駄だ。

「いつもこんな調子なのか?」

 不思議そうにセレが問えば、ニノはまさかというように首を振った。

「いつもは初めての土地で水と食料を探すのは船長だったんだよ」

「最後に無人島に上陸したんは、前の船長がまだ生きとる頃やったしなぁ。今回はさすがに、船長としては船を離れるわけにいかんし」

 船長と副船長の確執は、よく知られていることであるらしい。
 ドルイドを残して船を離れては、船を奪われてしまう危険がある。
 だからこそ、ゴルトも甲板長のバリスも船を離れられないのだ。

「ってことは、あれか? 俺をこっちに参加させたのって、そういうこと?」

「ん? どういうこと?」

 眉をひそめて、いかにも嫌そうにするセレに、トーナが不思議そうに聞き返す。
 ニノはセレの特別な能力を見ているはずだが、からくりを知らないとそれが能力である認識も持てないのか、トーナと同じような表情だ。

「護衛兼道案内。陸の上でも、水の匂いくらい追えるからな」

「え? 道っていっても、この島初めてだろ?」

 ニノがびっくりしていることに、セレも驚いたが。
 どうやら本当にセレの能力を理解していないらしい。
 一体どうやって海図にも載っていないこの島を見つけ出したと思っているのか。

「初めてだよ、もちろん。俺は生まれてから今まで母国を離れたことがない」

「じゃあ、どうやって道案内するってんだ? 棒倒しでもするのか?」

「……もう少し現実的。鼻が利く、ってのが、感覚的には近い」

 鼻、と言いながら、自分の鼻を指してみせるセレに、トーナとニノは顔を見合わせた。

 先に反応したのは、トーナだった。
 
「そのよく利く鼻で、水のある場所がわかる、っちゅうんやな? ちなみに、今は?」

「どんどん離れてるよ。もっと西の方だ。南北に長いから、川だろうな」

「あちゃあ。戻らなあかんやんか」

「だから、わかっててずんずん進んでるもんだと思ったのさ。自信満々で目的地から離れていかれれば、困惑もする」

 言葉に似合わず肩をすくめるだけのセレに、トーナも肩を落とした。
 セレの態度から、この突拍子もない能力を全面的に信じることにしたようだ。





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