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昔々。今からざっと二百年は前のこと。
アザーク王国は、今よりずっと栄えた海運業に特化した国であった。
まだ小型船が主流であった頃に、大型船を操り、七つの海を股に掛け、莫大な財産を築き上げていた。
その時代、王家ではお家騒動が勃発していた。
長子相続であるこの国で、現王の最初の子供が、双子だったのだ。
当然先に生まれたのが兄なのだが、子供の頃は顔立ちから身体つき、果ては性格までまったくの瓜二つ。
途中で入れ替わっていても誰にもわからないほど、よく似ていた。
財産を多く持つ者のそばには、野心を抱くものが集まるのが世の常というものだ。
双子の男の子をそれぞれに後継者として担ぎ出した権力者たちの醜い争いは、結局大規模な内乱へと変わり、国家を疲弊させていったのだ。
結果的に、双子の双方共に命を落とし、三男が国を引き継ぐことで決着した。
それ以来、王家に生まれる双子は不吉と見られるようになったのだ。
だが、そもそもアザーク王家の血筋は双子出生の可能性が非常に高い。
双子だから生まない、という選択肢もなかった。
最初の騒動から数えて三組の双子は、ことごとく王家を滅亡の危機に追いやった。
三度の危機を乗り越えた末、王家が已むに已まれず選んだ対策法は、人倫を無視した所業だった。
双子が生まれることは避けられない。ならば、生まれた双子のうち、後から生まれた子供を公表される前に殺害し、兄のみを二人分の愛情をかけて大事に育てる、というものだったのだ。
セレもまた、慣例の則って、殺される運命だった。
それが、今まで殺されずに生きて来られたのは、生まれながらに持っていたその能力のせいだった。
双子揃って、神子だったのだ。
神の子を人間が勝手に殺すわけにはいかない。
アザーク王国に生まれる神子は、正真正銘、神に愛された子供だ。
神に守られて生きる国で、神を裏切るのは自殺行為に近い。
天罰を恐れるなら、触らぬ神に祟り無し、というわけだ。
この双子の扱いについては、神職者の間で何度も議論が重ねられた。
神子の管理も王家のしきたりの管理も、神職者の仕事であり、双子の処遇については彼らに一任されたからだ。
その結果。
先に生まれた姉のマレは、神に特別に愛された神子として神殿で大切に育てられることとなった。
島の自然災害を予知し、怪我人もあっという間に治してしまう不思議な力を持った神子は、奇跡の神子として崇められることになった。
後から生まれた弟のセレは、その存在を公式文書から抹消され、迷路庭園の真ん中にある出口のない箱庭に閉じ込められた。
セレに与えられたのは、食事と衣服。身の回りの世話をするメイドと、主に学問を教育する老学者、徒手空拳を使う拳法の先生の三人だけが、セレが育つ上で会うことのできた人間の姿だった。
本すらろくに与えられなかったセレが唯一自由にできたのが、武器を必要としない武術だった。
徒手空拳を極めようとする者ならば、まずは筋肉を鍛えることから始めるのが常だろうが、どうせこの箱庭から一生出ることはないだろうと諦めていたセレは、華奢な身体つきはそのまま、重い筋肉を得るとすぐに腹が減ってしまうため、瞬発動作に必要な張りの良い筋肉だけを残し、体重を最低限に保った。
与えられる食事量が、武術家向きではなかったせいでもある。
一生出られないと覚悟していたセレが、その箱庭から出ることができたのは、双子の姉であるマレのおかげだった。
双子の弟の存在などまったく知らずに十五年間生きたマレは、成人の祝いにと十五歳の誕生日に専属護衛官を得た。
その人物こそ、現在セレの上司である、王国親衛隊第二師団長だった。
その彼が、マレに教えたのだ。
マレには双子の弟がいるはずだと。
当然のことだが、王家に生まれた双子は後に生まれた方を処分する、などという話は、王国内でもトップシークレットに当たる。
王族と政府要人、神殿関係者の上層部といった、ごく限られた人間しか知らないものだ。
それを知っていた師団長は、王家に連なる血筋の持ち主だった。
セレたち双子から見て、祖父に当たる先王の姉君の息子。
先王時代には第四位の王位継承権を持っていた人だった。
ともかく、その師団長から事実を聞いたマレは、激怒した。
同じ腹の中で共に過ごした半身の存在を、まったく知らずに十五年ものうのうと過ごしたのだ。
自分も周囲の人間も、関係者のすべてを、憎みすらした。
そして、マレは伯父に当たる現王に対し、直談判という行動に出たのだった。神子であるという立場を最大に利用して。
その結果、王は三つの条件と引き換えに、セレの解放を認めるに至った。
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