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 船も固定して、乗組員たちが船の中に戻った頃と時を同じくして、窓の外が荒れ始めた。
 まさに危機一髪といったところだ。

 島の洞窟に頭から突っ込んだ船の最後尾にある船長室の窓からは、荒れる波と低く垂れ込めた黒い雲が眺められる。

 後壁の広い窓の下に置かれた、この部屋唯一の大きなソファに、片足を乗せて斜め後ろを向いて座るセレは、その背もたれに片腕を乗せてもたれかかり、嵐の近い海を眺めていた。

 船長室にいるのは、セレの他に、この部屋の主であるゴルト、副船長のドルイド、甲板長のバリス、そして、船医であり最年長のニナックの四人だ。
 肩書きはそれぞれに幹部クラスで、この緊急事態に合わせる顔ぶれとしては間違っていない。

 しかし、その話題は今後の相談ではなかった。

「大体、どの面下げて依頼主に会うつもりだ。こんな失態を俺に今まで一言の相談も無いとは、どういうことだ、ゴルト。俺の顔に泥を塗るつもりかよ。
 やっぱり、こんな若造じゃ、船長なんか務まらなかったのさ。いい加減退いたらどうだ」

 セレが目的の神子ではないとわかってから、ゴルトには簡単に予測できた言葉を、一言たりとも違わずに口にしたドルイドに、わかっていても返す言葉が見つからないゴルトは、黙って聞いているしかなかった。
 副船長に相談しなかったのは、確かに相手をないがしろにしていると思われても仕方の無いもので、反論の余地が無い。

 代わりに、口を出したのはバリスだった。
 海賊稼業はゴルトより長いはずだが、争いごとを好まない穏やかな気性なのだ。まぁまぁ、とドルイドを宥めにかかっている。

「まぁ、落ち着けよ、ドルイド。起きちまったことはしょうがないだろ。これから挽回すりゃ良いのさ」

「この状況で、どう挽回するってんだ? 引き返してお姫さんと交換でもしてもらってくるか?
 それこそ、捕まりにいくようなもんだろ。完全なゴルトのミスだ。俺を巻き込まないでもらおうか」

 確かにその通りだ。バリスもそれ以上は何か言える材料がなく、腕を組んでうーんと唸ってしまった。

 もう一人ここに居合わせているニナックは、口を挟まず傍観の体勢だ。
 この歳になると、後のことは若いモンに任せる、という意識が働くらしい。

 実際他人事のため、彼らのことは放っておいてぼんやりしていたセレだったが、さすがに自分のことが話題になっていては、完全に無視することもできなかった。
 はぁ、と大きなため息を吐く。

「泥塗られて困るような顔かよ、あんた」

 ソファの背もたれに頬杖をつき、片足はそのクッションに横向きに寝かせて乗せた、行儀の悪い姿勢で、どうでも良さそうに呟く。
 そんなセレの態度と台詞に、ドルイドは実に敏感に反応した。
 ドルイドにしてみれば、そもそもセレが目的の人物に瓜二つなのが悪いのだ。八つ当たりしたくもなるだろう。

「んだと、このガキっ!」

 バリスとゴルトの制止も間に合わず、ドルイドはセレの胸倉を掴み上げた。
 鼻がつきそうなほどに顔を近づけ、鋭い目で凄んで見せる。

 普通、一般的庶民であれば、ドルイドのそんな脅迫めいた行動に、あっという間に降参して許しを請うものだ。
 が、セレは違った。はっきりしっかり相手を見つめ返し、改めてため息をまた一つ。

「交換できないなら依頼人の方を何とかしようと頭を切り替えた船長を、少しは見習ったらどうだ?
 弱い犬ほどよく吠えるって言うしな。船長狙ってるんなら、この程度のこと、もっとドッシリ構えて受け流して見せろよ」

「〜〜っ! 言わせておけばっ!!」

 セレの、ゴルトの肩を持つ上にドルイドを軽く馬鹿にしたような、二重ダメージの台詞に、短気なドルイドが煽られないはずはなかった。
 左手でセレの胸元を思い切り掴み寄せ、右手の拳を振り上げる。





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