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事の起こりは、二ヶ月前に遡る。
さらに半年ほど前に負った怪我が原因で半身の自由を失った前の船長が、乗組員や船医ニナックの献身的な看病もむなしく、還らぬ人となったその瞬間から、歯車は狂い始めていた。
当時、船は二つの勢力に真っ二つに分かれていた。
副船長として前の船長の補佐役を務めてきた武闘派の代表、ドルイドと、前船長がある港町で拾ってきてその手で育てた息子のような立場だった、ゴルト。
どちらも後継者候補としては申し分のない立場だった。
死に際に、前船長が選んだのは、ゴルトだった。
元々貿易商の息子として生まれたゴルトには、その後継者として、海のことと商売のことは幼いうちから教育されていた上に、家が没落して路頭に彷徨ってからの喧嘩三昧の日々の中で、身軽な身のこなしと自己流とはいえ戦いの知恵を学んでいた。
さらに、海賊の頭に常に付き従って、甕の水を移すが如くその知識を吸収していたのだ。
そして、その若さが決め手だった。組織が勢いを保つには、首脳の若返りは必要不可欠だった。
当然、自分が後釜に座るために船長に媚び諂ってきたドルイドには、おもしろくもない話だ。
とはいえ、今のところゴルトには弱点もなく、自分もナンバー二の座にあるからには下手な失敗はできない。
したがって、表面上は大した諍いもなく代替わりを終えたように見えるのだが、まだまだゴルトが船長の座にドッシリ胡坐を掻いていられる状況にはないのが現状だった。
危うい均衡を保つこの船に、今回の仕事をもたらしたのは、そのドルイドだった。
ノーマン公国の玄関口とされる港町、アルタナの貿易商デンマとは、ドルイドの昔からの顔なじみで、彼からのたっての頼みと頼まれたのが、今回の依頼だった。
デンマの伝の仕事では、ドルイドはまず断らないし、彼はこの海賊船の上得意先でもあって、よほどの理由がない限り断れない。
ドルイドの顔なじみの依頼を断るということは、ドルイド自身の顔に泥を塗るようなもので、宣戦布告とも取れるものだった。
そんな政治的事情から渋々受けたその依頼は、アルタナ町の領主直々のものだった。
隣国、ルドアナ王国の宰相もその場に居合わせたことを考えれば、それは領主からの依頼というよりも、ルドアナ王国からのと考えたほうが正確だった。
そして、その依頼というのが、アザーク王国の姫であり神子である、マレ・アザークを誘拐し、引き渡せ、というものだったのだ。
依頼料は前金で百万ゼニー。成功報酬が、さらに二百万ゼニー。人質さえ生きて手渡してくれれば、途中経過は一切問わない。
海賊にとっては、本来の稼業の片手間で済む、おいしい仕事だった。
ところが。
いざ蓋を開けてみれば、神殿の門前町は貧しい家ばかりで目ぼしい宝も見つからず、神殿の宝物庫にかろうじて金細工が収められていた程度。
奥に住む神官や護衛の親衛隊も質素なもので、ようやくターゲットとして渡された似顔絵に似た人物が歩いているのを発見し、連れ去ってみれば人違い。
まったく、踏んだり蹴ったりだった。
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