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「それで? 一つ聞いても良いかね、騎士殿?」

「だから、見習いだ、と何度言わせる」

 何故そう頑なに見習いの立場を強調したがるのかは不明だが、そうして何度も訂正するからこそ、何度もからかいたくなるゴルトは、それだけこの少年を気に入っている自分に笑った。

「何故、戻れと俺に言わなかった? 前進できないこの状況で、おかしな要求ではないぞ」

「あんたが素直に戻ってくれるとは思えないしな。それに、気になることが一つある」

「気になること?」

 囚われの身であるこの状況を享受してもなお、解決することを優先するほどの『気になること』だ。
 それが何なのか、ゴルトもまた気になるのは当然のことだろう。

 問い返されて、セレは深く頷くと、ゴルトを見つめた。

「他人からの依頼、と言ったな。
 アザーク王国の神子を海賊に攫わせる国外の人間の正体を暴かずに、手ぶらで国に帰るわけにはいかないだろう。仮にも自分の姉の身の安全がかかっている」

「なるほど、もっともだ」

 正義感に溢れた騎士様らしい言葉だ、とでも思ったのだろう。
 ゴルトが納得の表情ながら鼻で笑ったのに、セレは眉をひそめた。

「俺の言い分が何かおかしいか?」

「いや? 自分の身の安全より先に他人を気にするところが、騎士様らしい正義感に満ち溢れたお言葉だと、感心しただけさ」

「……あのな。
 今嵐を目の前にしたこの状況で、俺の力を頼ったあんたが俺を殺そうとするはずがないだろう?
 姉を狙うということは、その先の目的は国家か神殿だ。我が国の国教は、他の島には適用されない独自の信仰であることは、島の人間は全員がわかっていることだからな。王家にしても、あんな小国の王家など高が知れているだろう?
 となれば、国外の依頼と言えど、相手は我が国に深い関わりがある人物だ。そして俺は、姉とまったく同じ身の上と言って良い存在。手ぶらで帰ったら、再びこの命を狙われるだろう、と予測するのは、決しておかしなことではないと思うが?」

 長台詞で一息に語ったその説明は、今度こそ曲解する隙もない完璧なもので、ゴルトは表情に浮かべていた嫌味な笑みを引っ込めた。
 そして、真剣な眼差しをセレに向ける。

「さすが、まだガキとはいえ王家の人間だ。随分政治的な見方をするんだな」

「今までの短い人生が、政治に振り回されてるからな。嫌でもそうなる。
 それで? あんたに聞けば、依頼主の正体と目的を教えてもらえるのか?」

 今度はセレの方が鼻で笑って、あまり期待していない様子で尋ねる。
 その問いに、ゴルトは軽く肩をすくめた。

「こっちはこっちの内部事情に振り回されてるんだがな。
 残念ながら、依頼人とは金で繋がった関係でしかない。裏の事情なんぞ、海賊には不要な知識だからな。
 俺たちが心配することは、金払いの心配だけさ。相手のその向こう側には興味がない」

「つまり、あんたに捕まって依頼人に引き渡されてみないと、その向こうはまったく見通せないということか」

 そういうことだな。そう、あっさりと頷くゴルトに、セレはがっくり肩を落とす。
 母国へ帰ると言う選択肢は、しばらく封印することになったらしい。

「せめて、その依頼人の表の顔と内容くらいは、聞く権利があるだろう?」

「いいぜ。人違いの罪滅ぼしに話してやるよ。こっちもどうも騙された匂いがプンプンしやがる。
 裏舞台を一介の海賊風情が探るには、あんたの協力が必要そうだからな」

「利害の一致?」

「今のところはな」

 お互いに、ニヤリと笑い合う。
 セレは鎖を掛けられた右の手足を差し出し、ゴルトもその手を受け取った。
 そのごつい人差し指と親指に抓まれた小さな鍵を手錠の鍵穴に差し込むと、その鍵の大きさに似合わない、ガチン、と重い音がした。





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