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 閉じ込められていた場所は、窓から空が見えることから船底ではないとわかっていたが、甲板から一層下なだけの高い場所だったようだ。

 格子をくぐり抜けて、そこが普通の部屋を格子で二つに区切っただけの急ごしらえであったことがわかったし、扉を出て目の前が長い廊下であることから、そこが船の最後尾であったことも知れた。
 すぐ横の階段を上ると、その階は三部屋しかなく、廊下の突き当たりは部屋の戸とは比較にならない頑丈な扉になっていて、それが外に通じるものだと楽に想像がつく。

「この階には、医務室と調理場、食堂がある。まぁ、お前の食事は食堂になることはないだろうがな。降りられるか?」

「あんたが無理やり抱き上げたんだろうが」

「はは。違ぇねぇ」

 親切にも足から床に降ろされて、まとめて持たれていた鎖の束を渡されて、セレはそれを無言で受け取った。
 いつまでもゴルトに持たせておけない物だから、重くても仕方がない。

 二部屋並んだ甲板側の戸を叩き、中からの返事も待たずにゴルトはそれを押し開く。

「よぅ、じいさん。孫はいるかい?」

「なんじゃ、ゴルトか。あぁ、いるとも。青い顔で寝とるよ。まったく、代々船乗りだというのに情けない」

 返ってきたのは、随分としゃがれた声だった。
 室内からは消毒薬の匂いがして、それが医務室なのだとわかる。
 ゴルトを追って中を覗き込むと、そこにいたのは、椅子に座ってこちらを観察する白衣の老人だった。
 真っ白になった髪と眉が、彼の年齢を物語っている。

 行儀良く戸を閉めて、戸口に立ったセレに、老人は目を細めた。

「ほぅ。これは別嬪さんだ。お前さんが、アザーク王国の神子さんだね」

「残念ながら、人違いだ。まったく、厄介なことになりやがった」

 セレの代わりに答えながら、ゴルトはずかずかとカーテンで仕切られた一角に近づき、そのカーテンを勢い良く開けた。
 その向こうにいたのは、ベッドに横たわる青年が一人。随分と具合が悪そうだ。

「おい、ニノ。仕事だ」

「……勘弁してくれよ、船長。さっきだって、嵐を避ける航路を計算したばっかだ。また航路変更?」

「あぁ、また航路変更だ。嵐には入りたくないだろうが。さっさと起きろ」

 ガバリ、と毛布を剥ぎ取って言いつけるゴルトに、それを抱きしめて身体を丸めて横になっていたニノは、抗議の声を上げた。
 それから、気持ち悪そうに口元を押さえる。

「また船酔いか。いい加減慣れろよ。何年乗ってるんだ」

 まったく情けない、と祖父に嘆かれるのも、当然だろう。船乗りが船酔いしていては、仕事にならない。

 珍しいものを見せられて目を丸くしていたセレは、それから、すぐ隣にやってきた老人を見やって、苦笑を浮かべた。
 腰の曲がった老人と目線が同じであることに、少しショックを受けたが。

「お孫さんなんですか?」

「そうじゃよ。わしはニナック。この船で船医をしておる。
 あれはニノといって、航海士じゃ。もっとも、海図を見て図面を引いているうちに船酔いするような役立たずじゃがな。
 それでも、ゴルトの次に海図に強いもんじゃから、船に残れる。ありがたいことじゃ」

「ニノは頭は良いが腕っ節はからきしだから航海士以外はできねぇ。元から勘定に入れてなきゃ、どこで休んでいようと腹も立たねぇよ」

 二人とも歯に衣着せぬ物言いで扱き下ろすから、話題の人物は見る間に落ち込んでいく。
 セレは、何ともフォローのしようがなく、おろおろと三人を見比べるしかできなかった。

 ほら立て、ともう一度促されて、ようやくニノがベッドから起き上がり、身支度をぱぱっと確認する。
 その間に、セレはゴルトに促されて、先に廊下に出た。
 それを、ニナックの不思議そうな声が追いかけてきた。

「それで、人違いってのは、どういうことだね」

「言葉通りさ。詳しい話は後でするよ。孫を借りてく」

 先にニノも廊下に出したゴルトは、そう言いおいて、医務室の戸を閉めた。
 中でニナックの大声が聞こえたが、何と言ったかまでは、セレには聞き取れなかった。





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