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セレの返答に、前半は困ったような表情になったものの、後半に対しては納得したようで、ゴルトが腕を組む。
「何故ここでは無理だ? 海図なら持って来てやる」
「あのなぁ。
嵐を見て欲しいんだろ? だったら、空の見える場所じゃなきゃ無理だ。
嵐を避けるなら、少なくとも嵐の現在位置と進む方向を見渡せる場所。
今の段階じゃ大まかな進路もわからないんだから、広く全体を見渡すしかない。そんな場所、船の中じゃ甲板しかないんじゃねぇのかよ」
一応、セレの正体が人違いであると知っているのはゴルトのみである現在、他の乗組員にセレの姿を見せるわけにはいかない。自由に歩き回らせるなどもっての外だ。
しかし、その一方で、嵐を避けるにはセレの能力に頼らざるを得ないのもまた事実だ。
いつも、嵐に巻き込まれて大打撃を受けていることを考えれば、避けられる難は避けておきたい。
どうしたものか、とゴルトが腕を組む。
その格子越しに、セレも腕を組んでゴルトの返答を待った。
まぁ、穏やかに航海を終えたいのなら、セレの要求を呑むしかないのだが。
ややあって、セレを再び見返したゴルトは、意外に形の良い眉を寄せた。
少し情けない表情がそこに現れる。
「……四方に窓のある部屋、で妥協しないか?」
「はぁ? 何で」
「こっちにもいろいろと都合がある。ここが最大の譲歩点だ」
譲歩も何も、いきなり人を拉致して監禁しておいて、協力を求めること自体が、おかしな事だろうに。
「だったら、協力できない」
「嵐に呑まれて一緒に死にたいというなら無理強いはできないがな」
「……わかったよ。それで良い」
結局、やはり分が悪いのはセレの方だったらしい。
がっくりと肩を落とした少年に、ゴルトはニヤリと笑った。
手に持ってきた鍵で木格子の扉を開け、自分が中に入ってくると、入り口近くに掛けられていた鎖を手に取り、セレに近づく。
「右の手足を出せ」
「枷で縛るつもり?」
「海の上で逃げられるとは思わんが、万が一ということもあるからな。行動に不自由はないはずだ」
両端に金輪のついたその鎖は、二つ折りにしてちょうどセレの身長ほどという長さで、邪魔ではあるが日常生活には確かに不自由はなさそうだ。
問題は、衣服の着脱くらいだろう。
ただし、それは結局鉄製のものなので、重さはずっしりとありそうなのだが。
自分の立場と今までの会話から、今ここで抵抗しても無意味だとわかるので、セレは大人しく右の手足を差し出した。
ずしりと重い金輪に、ゴルトの手によって鍵が掛けられる。
「これを、姉さんに掛けようとしてたわけか? 女の細腕に?」
「だいぶ軽くしたぞ。持ち上がらないほどではないだろう?」
ほら、来い。そう言って、ゴルトが枷のはまった右手を引く。
その動作があまりに強引で、たたらを踏んだセレは、床に余った鎖の束を思い切り踏んでしまい、床に膝をついた。
右手をゴルトにつかまれている分、身体のバランスを崩しやすく、踏ん張れなかったのだ。
あっけなく転んだセレを見下ろして、ゴルトは呆れたような表情を見せた。
「お前、それで本当に騎士か?」
「見習いだよっ! 悪かったなっ」
拗ねて、ふん、とそっぽを向いたセレに、そんな子供っぽい仕草がやけに似合っていて、ゴルトはまるで小動物を愛でるような優しい目を向けた。
それから、セレの右手足を繋ぐ鎖をまとめて腕に掛け、セレの身体をひょいと持ち上げる。
背中と膝に手を通したそれは、本来女性に対してするものなのだが。
急に身体が浮いて、セレは短い悲鳴と一緒に、手近な場所にしがみつく。
それがゴルトの首と知って、すぐに慌てて手を離した。
「お、降ろせよっ」
「大人しくしていろ。それと、掴まっとけ。落ちるぞ」
セレの抗議など意に介す気配もなく、ゴルトはセレを抱き上げたまま身をかがめて格子戸を抜け、ずんずんと歩いていく。
初めて見る光景に目をやりつつ、セレは諦めてゴルトの身を包む服を握り締めた。
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