恋敵




 システム開発部の喫煙メンバーは意外と少なくて、戸上、小谷、池田、水木の四人だけだった。

 中でも、いつも連れ立って休憩に出て行くのは戸上と小谷の二人で、喫煙室で二人きりの打ち合わせをしてしまったりするので、ひそかに「タバコ部屋会議」と呼ばれていたりする。

 このタバコ部屋会議に、その年から参加者が一人増えていた。
 今年新卒採用の新入社員で、谷本という。
 大学時代はラグビー部に所属していて、体格は大柄な体育会系。
 本人の希望でシステム開発部に配置されたが、使い物にならなければ大型免許を取らせて運転手にしようと企まれている期待の新人だった。

 今年のシステム開発部の新人教育は、今年度係長に昇格した小谷の役目になっている。
 新人教育の傍ら、慣れない係長業と開発作業を平行してこなし、定時後は課題が終わらず帰れない新人の面倒を付きっ切りで見てくれる、面倒見の良い教育係で、新人たちからの受けも良い。

 その新人の中で唯一喫煙者だった谷本が小谷に懐くのは、当然とも思えた。

 いつも、戸上と小谷がそれぞれにアイコンタクトを交わして開発室を出て行き、谷本がそれに気づいて後から追いかけていく。
 それがパターン化していた。

 そうはいっても、戸上も小谷も管理職だ。
 社内の打ち合わせや営業などで出かけることも多い。

 その日も、戸上は社内会議で午後から席をはずしていた。

 戸上がいなければ、小谷は一人で喫煙室へ出かけていく。
 システム開発室からは少し離れた場所に設置されているため、ちょっとした散歩なのだ。
 パソコンの前に座って日がな一日作業に追われていると、身体が固まってしまいかねないので、小谷は定期的に散歩がてらタバコを吸いに出かけている。

 喫煙室までの道をのんびり歩いていると、後ろから人の足音が追いかけてきた。
 背後に迫ったその人の気配が、大柄な人物であることを知らせている。
 振り返らずとも、相手はわかった。

 喫煙室のアルミ戸を開け、自然に後ろの人物が入るのを待って、扉を閉めた。
 去年のクリスマスプレゼントにもらったジッポーで、火をつける。
 半年程度ではまだまだ新しい感じだ。

 室内は、ヤニで黄色くなってしまっていて、空気清浄機が働いているにもかかわらず、複数のタバコの臭いがこびりついていた。
 今度消臭剤も置いてくれるように稟議を上げようかな、と関係の無いことを思う。

 小谷自身は、仕事も順調、管理職の仕事も大したことはなくて、困っても相談できる相手がそばにいるのだから不安もない。
 なかなか良い環境の中で仕事をしているのだ。

 問題は、できの悪い新人の世話が手間がかかる程度か。

「小谷さん」

 まだまだ初々しい学生の雰囲気が色濃い新人に声をかけられて、小谷はぼんやりした頭を切り替え、新人に視線を向けた。

 谷本が、でかい身体を縮めて、だいぶ緊張した様子で小谷を見つめているのに、少し怯む。

「な、何?」

「あ、あの、あの……」

 このでかい図体でモジモジされてもあまり可愛くないのだが。
 嫌な予感に、思わず小谷は眉を寄せてしまった。
 思った言葉が谷本の口から出ないよう祈りつつ、続きを待つ。

 もちろん、祈りは届くはずもない。

「あの、俺、小谷さんが好きです。付き合ってください。お願いします!」

 社内で告白劇などするなら、もっと声を落とすべきだろう、と冷静に突っ込める程度には、小谷にはそれほど衝撃でもなく。
 反対の谷本は、深々と頭を下げたまま動かない。

 はぁ、と小谷が大きな溜息を吐いたので、ようやく谷本は顔を上げた。

「俺、男だよ? わかってる?」

「はい」

「元々男が好きなヒト?」

「は……、い、いえ。そんなことは……」

「じゃ、何で俺?」

「え、あ、あの。好きになっちゃったから、じゃいけませんか?」

 本人自身、整理できていないらしい。整理する必要性も見出さなかったのだろう。
 随分と直情タイプだが、わからないでもない。

 だが、だからこそ、小谷は呆れて見せるわけで。

「お前ね。会社の上司相手に、どんな覚悟で告ったわけ?
 俺が、気持ち悪い、って思った時点で、お前の将来棄てることになるんだぞ?
 仮にも俺はお前を教育している立場だ。評価を上に報告して、その評価を元に教育期間終了後の配属が決まる。俺の心象第一ってわけだよ、お前の今の立場は。
 それだけの覚悟を、決めてたか?」

 言われて初めて気がついたらしいことは、反応を見れば一目瞭然。
 溜息も出るというものだ。

 ガラス張りで外から丸見えの喫煙室で、外を通りかかった人の姿に気づいた小谷は、その正体を目の端で確認して、言葉を続けた。

 外に声が漏れていなかったとしても、小谷と谷本の位置関係と雰囲気から、新人が上司に怒られている図は見た目だけでもわかるので、喫煙室にタバコを吸いに来たその人物は、二人の気を逸らさないようにそっと入ってくる。

「お前、ラッキーだよ。俺がゲイで良かったな。人事評価にまでは反映しないで置いてやるから安心しとけ。それと、俺からの答え。恋人がいるからお断りします。以上」

 新客がいるのに気づいていながら、小谷の台詞は随分と爆弾発言だ。
 が、それはもちろん、相手が誰かを確認したからに他ならなかった。

 なにしろ、それは小谷にとっては愛しい恋人で、彼に対してこの告白劇を隠す必要性を小谷は見出せないのだから。

 反対に、戸上の姿に気づいた谷本は、驚いた表情のまま固まってしまった。
 谷本の反応に、できるだけ部屋の隅に立った戸上は、タバコに火をつけながら、片方だけ唇を上げて笑う。

「だから言ったろ? 谷本はお前狙いだ、って」

「あぁ、はいはい。戸上さんの勝ちです」

「じゃ、今日の夕飯は明義お手製きのこペペロンチーノで」

「新人放って帰るわけにはいかないでしょ? 週末作ります」

「わお、楽しみだ。で? 谷本は何で怒られてたんだ?」

 暗に、小谷の恋人は俺だ、宣言をしておいて、話の相手を谷本に移動する。
 さすがにこれだけ匂わされては誤解する余地も無かったようで、強敵なライバルの登場に戦意も喪失し、項垂れてしまった。

「考えなしに上司に告白なんて迂闊だと……」

「うーん、確かに迂闊だ。ま、傍から見てりゃバレバレってくらいわかりやすかったけどな」

 あはは、と戸上は軽く笑うが、笑い事ではあるまいに。
 まったく、と小谷は呆れた表情を見せる。

「俺はわからなかったし、戸上さんはライバルだから敏感だっただけでしょ」

「いやぁ、だって。あの大矢さんも言ってたぞ、ありゃバレバレだな、って。恋敵出現だ、ってからかわれたし。ったく、あの人もどこまで気づいてるんだか」

 大矢といえば、去年まで小谷の直接の上司だった人だ。
 戸上よりずいぶん年上だが、いまだに係長のままで、小谷が係長になってからは同じグループに二人、という異例の状態になっている。
 システム開発としては経験も浅く知識も薄っぺらな人だが、これでいて交渉術には長けているので、外部受注の折衝役には重宝していた。

 その人にまでからかわれたことには、戸上自身憮然としていたりもするのだが。
 ともかく、それだけいろいろな人にバレているのは確かで。

「俺、係長昇格させてもらって良かったんだろうか……」

「大丈夫大丈夫。社長公認だから。有能でありさえすれば性癖はどうでも良いってさ」

 何しろ、この会社の社長は、戸上を最年少課長に任命し、業界最先端のシステム開発部を鶴の一声で立ち上げた、戸上自身が先見の明があると認める有能ワンマン社長なのだ。
 その社長が暗黙の了解として承知しているのだから、本人が遠慮することもあるまい、というわけだ。

 小谷はといえば、社長にまで知られていることには頭を抱えたのだけれど。

「だから、谷本も、必死になって隠すことはないから。
 でもま、想い人を困らせてるようじゃ、まだまだだね。もうちょっと大人になってからチャレンジしておいで。そのときに、俺が男として認められると思えたら、恋敵として相手になってやるよ」

「……すみませんでした」

 今の状況では歯牙にもかけられていないことは、再確認されなくても理解できていたが。
 呆然と立ち尽くしていた谷本は、がっくりと肩を落とし、二人に謝罪の言葉を残して、喫煙室を後にする。

 ガラスで遮られた室内で、小谷は深い深いため息をついていた。





[ 6/19 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -