休日出勤




 この会社は、もともと物流を扱っている大企業で、ここはその本社だった。

 だから、二人が働いているのは、その物流会社の一部署に過ぎない。
 したがって、土曜日である今日、会社に出勤しているのは二人しかいなかった。

 誰もいない社内は、空調の音が低く唸っているだけで、実に静かである。
 もともと、本社ビルの中でも管理系職が集められているフロアだから、現場に近い社員は近づきもしないのだが、それでも地声の大きい粗野な人はだいぶ多いのだ。
 きっと、社風なのだろう。

 そんな人の話し声がまったく聞こえないと、なんだか、自分が勤めている会社に出てきた気がしない。

「静かだよなぁ」

「土曜日だからな」

 感慨深く戸上が呟けば、意外に現実主義の小谷は軽く肩をすくめて冷たく返した。
 まぁ、その冷たい言葉の八割ほどは、苛立ちから来ているので、仕方がない。

「明日も?」

「今日終わらせて、意地でも明日は休む」

「まぁ、何時まででも付き合うけどな」

 今の状況は、戸上も理解していないわけではなく、本来であれば土日フルに頑張っても間に合うはずのない作業量だし、今から連日徹夜してギリギリ間に合うか?と首を傾げるほどのはずなのだ。

 だが、それをわかっていて、小谷は「今日終わらせる」と宣言するわけである。
 ちなみに、その言葉はまず間違いなく実現可能なのだろう。
 出来ないことは出来ないとはっきり明言する性格だから、余計に信用が置けた。

 その断言には、戸上の手伝い如何も計算に含まれているようではあったが。

「まぁ、でも、役得と思えば気も晴れるさね」

「何の役得さ」

「もちろん、上司という立場を利用して、恩を押し売りできる役得」

 うまそうにタバコを吸ってにんまりと笑う彼を、小谷は少し呆れ顔で見やった。

「はいはい。オヤジの妄想には勝てません」

「そのオヤジに、老骨に鞭打つご褒美は?」

「……ここでする?」

「明義も十分発想がオヤジだよ」

 興味なさそうにしていた小谷の突然の突飛な申し出に、戸上は少し驚いて目を見開き、それからにまっと笑った。
 嫌いな申し出ではない。
 むしろ萌えるかも。

 そんな小谷をからかって返しながら、戸上の手は彼に伸びた。
 まだ残っているタバコを灰皿に落とし、自分の膝の上に彼を引き寄せる。
 小谷もまた、抵抗もせずそこにまたがった。

「やる気満々だったりするんだ?」

「だって、もう二週間も、シテない」

「そうだっけ……?」

「先週は、惣一、ゴルフコンペでいなかっただろ? 平日は、俺がここ最近の残業ラッシュで付き合ってあげられなかったし」

「……まぁ、どっちも俺のせいだな。ごめんな。我慢させてた」

 拗ねて唇を尖らせる小谷に、戸上はちゅっとキスをして、自分に比べれば幾分華奢な痩せた身体を抱きしめた。

 触れるだけの、慰めるための、小さなキスは、それでも触れ合ってしまえば離れがたくて、濃厚なそれに変わっていく。
 味わう唇が、甘くて。

 休日出勤だから、会社内でも私服のため、考えてみればワイシャツにネクタイ姿よりはだいぶ脱がしやすい。
 ワイシャツにネクタイという格好も、好き心にはだいぶ刺激的ではあるのだが。

 胸の小さな飾りに指が触れて、小谷の喉が小さく鳴った。
 猫が喉を鳴らすような、もしくは子犬が出す甘え声のような、色っぽいそれで。

「ね、惣一。今日、休出って、俺たちだけだよね?」

「……さぁ、どうだったかな」

 せっかく盛り上がってきたところに水を差されて、戸上は意地の悪い答え方をする。
 その答えに、戸上の首にしがみついている小谷は、ふるっと震えた。

「誰かに見られたら……」

「大丈夫だ。タバコ組には休出はいないよ」

「そ?」

「そう。それに、見られても、俺はかまわないぞ。俺に抱かれてよがりまくる色っぽいお前を、自慢して歩きたいくらいだ」

「……バカ」

 悪態をついて、でも、ここまで来て今更引き返せなくて、照れ隠しに、戸上の身体に手を伸ばす。
 触れた素肌が欲望にほてっていて、それは自分もきっと大差はなくて。

「見られるかも、ってスリル感があると、萌えない?」

「俺、そこまで変態じゃない」

「でも、スリルがある今の現状も、いつもより反応の早いお前の身体も、現実に事実だけどなぁ?」

「……うるさいよ」

 いつまでも無駄口叩いて小谷をからかう戸上に、それでもそれがかえって刺激的で。
 マゾ趣味はないんだけどなぁ、と思うのだけれど。

「……あぁっ」

 物思いを咎めるように、弱いところを撫でられて、思わず小谷は抑えることも忘れて快感の声を上げる。その声に、戸上は嬉しそうに笑った。

「急いで今日中に仕事仕上げような。明日、ご褒美をたくさんあげるから」

「うん」

 抱かれるのは、嫌じゃない。むしろ、好きだと思う。
 好きな人の身体を、自分の内側から感じて、幸せになるから。

 そうやって幸せになれる自分を恋人に知らしめて、もっと幸せにして欲しいって強請る自分が、可愛いと思う。
 それはもう、恋人に散々教え込まれたことだしね。

 だから、エッチのときは素直に快楽を口にする。
 欲しい気持ちを訴える。
 すべては、恋人の望みと自分の望みの双方を満足させるためで。

「早く、帰ろ?」

「じゃあ、早く仕事に戻らなくちゃな」

 言葉と裏腹に、いや、言葉に忠実とも言うが、焦らしながら小谷を追い上げていた戸上の手が、知り尽くした彼の弱点を攻めたてはじめ。

 言うこともやることも十分オヤジだと思うけれど、それが嫌ではない自分もやっぱりオヤジ感覚が芽生えているらしくて。
 ともかく、今は快楽に身をゆだねるしかなくて。

「あぁっ、や、ダメ。惣一ぃ……」

「イイよ、イきそうだ。今日の明義、素直で可愛い」

 チュッと音を立てたキスと、決定打、とでも宣言するように押し込まれたソレと。

 脳天を突き上げるような強烈な快感に、小谷の脳内は真っ白に染まった。

 ……まぁ、たまには休日出勤も悪くない。
 そう思うのは、多分二人ともだっただろう。





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