昼食




 多くの物流企業がそうであるように、この会社も本社支社営業所すべて自前の建物を使用している。
 場所によっては借地であったりもするが、事務所とプラットフォームと倉庫を併せ持つような借家は、そうそう存在しないからだ。

 全国に支社を構える大企業であるから、本社業務もそれなりに多岐に渡っており、本社勤務だけで百名を下らない社員が働いているのだが、この会社、社員食堂を併設していなかった。

 社長のいわく、実に簡単な理由である。

 本社ビルに併設されている南東京第一配送センターも含めて、現場で働く職員はトラックで出先にいることが多く、社員食堂などで優雅に昼食を摂っている余裕はない。
 その、汗水たらして働いている社員たちを差し置いて、本社勤務の人間だけが社員食堂の恩恵に与れるのは不公平だ、というわけだ。

 しかし、配送センターを隣に抱えている都合上、この本社ビルがある一帯は、人通りは少なく車通りはそこそこで、大街道に程近く、大型トラックが出入りできる程度に道幅も広い、というわがままをすべて満たす、駅から多少離れた住宅街の一角である。
 近くにコンビニはあるものの、本社勤務社員百名の腹を満たせるほどのキャパシティはない。

 したがって、活躍するのが仕出し弁当だった。

 部内の仕出し弁当の注文を取りまとめるのは、例年通り、下っ端の仕事だ。
 この年は、新人が研修期間を終えた秋口頃から、部内一発言権の強い戸上課長の鶴の一声により、谷本がその役目を担うことになった。

 若気の至りから、課長である戸上と係長である小谷には頭が上がらない谷本だ。
 その人選に、拒否権は存在しなかった。

 仕出し弁当の注文は、九時半が期限だ。
 それまでに、部内のメンバーに要否を尋ね、総務部へ届けるのが谷本の仕事だった。

 しかし、新人にとっての一年目の後半といえば、仕事が面白くなってきた時期でもあり、かつ、難題にはまる時期でもある。
 集中するあまり、業務外の担当を忘れることも多々あった。

「谷本〜。弁当は?」

 新会社設立に向けて、システム部長に大抜擢される予定の小谷も引き連れて、戸上が会議のために席をはずしている、ちょうどその時間。

 谷本にとって、業務内のリーダーである花井が、ふと思い立ったように時計を見上げて、谷本に声をかけた。
 ちなみに、時刻はすでに十時を回り、もうすでに締め切られた時刻だ。

 ヤベ、と大声で呟きながら席を蹴って立ち上がった彼に、新人仲間から呆れた叱責が飛んだ。

「またかよ、谷本。先週もだろ」

「そう思うなら代わってくれるとか声かけてくれるとか、してくれても良いだろ」

 先輩から言われるなら項垂れて拝聴する谷本も、同期相手になら遠慮なく反論する。
 手加減のない反論に、突っ込んだ相手もムキになって言い返すので、ちょっとした騒ぎになってしまった。

 プログラマならではの無関心さと引っ込み思案が影響して、先輩たちも二人をうまくとりなせず、騒ぎだけがどんどん発展していく。

 そこへ現れたのは、忘れた資料を取りに戻ってきた戸上だった。

 新人二人が言い合い、周りが右往左往している状況に、首をかしげた戸上だったが、近くにいた社員に事情を聞いて、呆れたようにため息をついた。

「こら、二人ともそこまでだ。谷本、自分が任された仕事くらい、しっかりこなせよ。三井も、気づいたなら声かけてやれ。そうでないなら、後から責めるようなことはやめろよ」

 仕事に戻れ、と、責任者らしい命令口調で事態を収める。
 それから、改めて全員を見回し、にやりと笑って見せた。

「ピザと寿司でも取るか。一口千円。希望者は挙手!」

 こういう臨機応変さと周りを巻き込む勢いが、戸上の売りだ。
 挙手、と言いながら自分も手を挙げた戸上につられて、年かさな者順にパラパラと手が上がる。
 結局、仕出し弁当を予定していた全員の手が挙がり、その人数を数えて、谷本の肩を叩いた。

「ピザをLサイズで3枚と、寿司5〜6人前一皿で、頼んどけ。メニューは他の連中にも相談すること。あと、金も集めとけ。足が出た分は俺が出す」

「わ〜お。課長太っ腹〜!」

 茶化すように合いの手を入れたのは、年上の威厳が足りない代わりにだいぶお茶目な性格の、花井だ。
 部内では小谷を抜いて古参に入るメンバーの一人で、優秀な小谷に一歩譲ったものの、新会社以降後は役職付き確実と見られている。

 その花井の頭を忘れ物の資料を丸めたものでペコンと叩き、戸上は足早に会議室へ戻っていった。




「なるほど、それで今日の昼飯はこうなったわけか」

 結局昼食直前までかかった会議から戻ってきた小谷は、開発室の片隅に設けられた小さなミーティングスペースのテーブルに広げられた本日の昼食を見下ろして、苦笑を浮かべた。

 隣に立つ戸上は、渡された領収書と賛同人数を比べて差額を計算中だ。

「だいぶ足が出たな」

「奢りって言ったじゃん?」

 ぼやいた戸上の隣にやってきた花井が確信犯的な笑みを浮かべながらそう答えて、戸上の手の上に千円札を一枚置く。

「足しにして。自分の分は谷本に払ってある」

「サンキュ」

 遠慮なく受け取った戸上の肩を叩き、花井が自席へ戻っていくと、タイミング良く昼休みを告げるチャイムが流れた。

 早く今日の昼食に対面したくてうずうずしていた面々が三々五々集まってくると、小谷は戸上と一緒にそこを離れた。
 財布から千円札を三枚抜き、戸上の手に乗せる。

「言いだしっぺの自業自得ですね。ご馳走様です」

「多いぞ、小谷」

「余るほどじゃないでしょ? 足しにしてください」

 公式の場では上司と部下の立場を崩さない小谷に、懐いた後輩らしい崩れた敬語で言われて、戸上は肩をすくめた。
 人数と金額と花井からもらった千円とを考えて残金を割り出した上で判断した三千円は、残金の半分弱に当たっていた。

 確かに、二人の稼ぎを一まとめに管理している家計にとって、戸上が一人で払うのも二人で等分に割るのも大した違いはない。今現在の財布状況が左右される程度の差だ。
 ということは、戸上の財布具合を案じたのだろう。

 財布の紐を握られているようなものだが、互いにすでに家族の扱いをしている二人にとって、金銭面での遠慮はほとんど意味をなさない。
 万単位の無駄遣いは問題だが、社内政治を円滑に行うための数千円の出費に目くじらを立てるほど、戸上家の経済事情は厳しくないのだ。
 必要経費というところだった。

 ホント、うちの奥さんはよくできた嫁さんだ、と思ったのは、小谷には絶対に秘密だ。





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