姫初め




 その運送会社にあるシステム部は、仕事の半分は他社システムの開発であることもあり忘れられがちなのだが、一応社内SEの所属場所である。

 したがって、開発チームメンバーおよび管理職クラスの全員が、大晦日からサーバールームに集まり、真剣な顔を突き合わせていた。

 というのも、休日も宅配業務が発生するために、通常業務がまったく行われない日といえば、正月三が日しかないためだ。
 社内基幹システムの運用開始日には、もってこいの日取りなのだ。

 システム関係はシステム部に丸投げなスタンスの社長までも、サーバールームに立ち会っての本稼動移行作業で、下っ端社員たちの緊張も最高潮だった。
 もちろん、この日に向けて何度もシミュレーションを行い、万全の体制での作業であるため、失敗する要因もなく、スムーズに作業が進んでいた。

 開発チームに含まれていない上に課も違う戸上と小谷は、今のところ何の問題もなく実施される作業を、社長のすぐそばで眺めているところだった。
 戸上は一応システム部の課長としての立会いであり、小谷は万が一に備えた技術サポートとして同席しているので、何の問題もない限り、作業は発生しないのだ。

 確かに、二人とも責任ある立場で、この場にいることは義務でもある上に、家に待つ人もいない――というか、この場に居合わせている――のだから、何の不都合もないはずだ。

 とはいえ、何しろ大晦日である。これだけ暇な時間が発生すると、家でコタツにでも入ってのんびり紅白見ながら年越しそばを啜りたい、と思うのも、仕方のない話だろう。

 そんな内心を見越してか、二人同時にため息をついたのを聞きつけた社長が、二人を振り返り、苦笑いを見せた。

「退屈そうだな、二人とも」

「社長は退屈じゃないんですか?」

 親子以上の歳の差をものともせず、平然と問い返す戸上に、隣で小谷が呆れた表情を見せる。
 一方の社長はといえば、今更ながらにあくびを一つかまして見せた。

「いや、年寄りにこの時間は辛いね」

「……今夜は、ずっと付き合ってると、夜が明けますよ。確実に」

「かまわんよ。どうせ明日から二日間は休みだ」

 裏返せば、つまり、三日からもう仕事の予定が入っているという意味だ。正月早々忙しい限りだ。
 盆も正月もない社長業ではあるが、サラリーマンならとっくに定年退職している年齢で、実に精力的だと感心を通り越して呆れてしまう。

「早くに連れ合いを亡くすと、仕事くらいしかなくてね。息子にも隠居を勧められるが、そうなるとすぐにでもボケそうな自分が怖いというかな……」

「社長……」

 他人に弱音などはかない人の、ぽろっと出てきた本音は、もしかしたら眠気が言わせたものかも知れず。
 小谷は戸上の肩を叩き、その横から社長を覗き込んだ。

「大丈夫ですよ。社長なら、百まで働いていても驚きません」

「はは。小谷君も随分と毒舌だな。似たもの夫婦、ここに極まれり、だ」

「何言ってるんですか。戸上さんはさっぱり毒舌じゃないですよ。妙な度胸はありますけどね」

 さらりと恋人をこき下ろしてみせる小谷に、社長は堪え切れなかったように笑い出し、戸上も困ったように天井を仰いだ。

 しかし、小谷のおかげで、社長の感傷めいた気分はすっかり吹き飛んだらしい。
 今度は、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「君たちは、これからが楽しい時期だろうね。仲良く添い遂げるといい」

「そうですね。戸上さんが仕事一辺倒にならないように、手綱は握らせてもらうつもりです」

「私の轍を踏まないように、かな」

「いえいえ。尊敬する社長の真似をして実力以上に張り切られると、そのうちバッタリいきそうですから。セーブさせないと」

「なに。君たちは私などより余程能力がある。大いに張り切りたまえよ」

 はっはっと楽しそうに笑う社長に、合わせるように小谷もくすくすと笑い声を立てる。
 間に挟まれて、戸上は困ったように苦笑するしかなかった。

 システム部の子会社化の話が出るまでは、この社長と小谷が直接話す機会などそうそうなかったので気付かなかったが、どうやらこちらの方こそ似た者同士であったらしい。

 道理で、自分が破天荒と評されても実感が湧かなかったわけだ。
 すぐそばにその上を行く人物が二人も揃っていれば、自分を凡人と評するのも自然なことだろう。

 やがて、近所の寺で撞き始めたらしく、百八の鐘の音が聞こえ始める。
 壁に掛けられてある電波時計が、23時59分を示した。

 現在起動待ち状態のシステムは、0時丁度にシステムアップを開始し、起動確認を行った後、午前4時の一般公開までにテストを完了させる予定が組まれている。
 WEBを利用した荷物の追跡および配達変更依頼の受付システムを導入するのが、今回のシステムの主旨である。
 一般公開ともなれば、時間は正確である必要があり、そこをずらすことは会社の信用にも関わる。
 これからが、緊張を強いられる、まさに本番だ。

 電波時計の秒表示を、室内の全員がじっと見つめる中、刻々と秒を示す数字が増えていく。

 五秒前には、開発チームのリーダーがカウントダウンを始めた。

「5……4……3……2……1……」

 パン、というキーを押す音が、タイミング良く続く。

 エラーを示すビープ音も鳴ることなく、時間が過ぎていく。
 エラーが起こるとすれば、稼動直後のはずで、三十秒ほど緊張した空気が支配した後、誰からともなく安堵のため息が洩れた。

 システムの稼動を確認し、無事稼動したとリーダーが報告すると、テストを開始する前に、全員が社長に向き直り、頭を下げた。

「あけましておめでとうございます」

「ああ。おめでとう。しっかりテストしてくれ。別室に夜食を用意させてある。手の空いたものから交代で食事を摂るといい」

 作業指示と共に労いの心尽くしを知らされ、社員たちが歓声を上げる。
 準備をしてくれたらしい秘書たちの案内で、手の空いている者から会議室へ移動していくのを見送り、社長はそばに控えて動き損ねている二人に視線を向けた。

 皺だらけの手に乗せて差し出したのは、一本の鍵だった。

「役員階の喫煙室の鍵だ。今日は使うものもおらんし、帰れないが暇だろう? ゆっくりしてくると良い」

 幸い、その階を使用するはずの秘書たちに喫煙者はなく、事務階と呼ばれるこの階の喫煙室と違って、廊下側もしっかり壁になっており、中が覗けない部屋だ。

 その言外の言葉に、戸上と小谷は顔を見合わせた。

「良いんですか?」

「まぁ、怪しまれない程度の時間で戻ってきなさい。姫初めが社内というのも、なかなか乙なものだろう?」

 ほっほっほ、と年寄りくさく笑う社長に、小谷はさすがに赤面して俯き、戸上は遠慮なくその鍵を受け取って頭を下げた。




 社長室をはじめとした重役諸氏の執務室が並ぶ、本社ビル最上階は、社内では役員階と呼ばれて敬遠されている。
 もちろん、平社員がこの階の喫煙室を利用することなどないに等しい。

 そのため、戸上や小谷もこの部屋に足を踏み入れるのは初めてだった。

 大きな空気清浄機が設置され、革張りのゆったりしたソファが配置され、奥の扉の向こうには、タバコの臭いを除去するため、という名目でシャワー室まで完備されている、至れり尽くせりの喫煙室だ。

 見回して、戸上は思わず笑い出し、小谷もまた苦笑いを浮かべるしかなかった。

 さすが、社員全員に一定額の賞与を保障できるだけの売り上げを誇る優良企業。役員のアメニティも桁違いだ。

 喫煙室の割りにタバコくさいところのない室内は、喫煙もできる休憩室、という意味合いが濃いのだろう。
 一角には給湯施設も用意されており、茶葉もコーヒー豆もそれぞれの給仕用具も、いつでも使用できるように整えられていた。

 せっかく入室の許可をもらったのだから、その豪華さを享受しない手はない。
 手近なソファに腰を下ろし、戸上は小谷に手招きをしてみせる。

「ホントにする気?」

「シャワー室完備だしな。せっかくの社長のご好意だ。甘えなくちゃもったいないだろ?」

「だって、いかにも高級そうな革張りだよ?」

 そもそもが漁師の息子という出自だ。革張りのソファなど、初めて見たに等しい。
 さすがに気後れして尻込みする小谷に、戸上は歳を越してから何度目かの苦笑を浮かべ、手の届いた腕を掴んで引っ張ると、自分の膝に跨らせた。

「嫌か?」

「……それは、ない」

「恥ずかしいだけか。じゃあ、恥ずかしさを忘れさせてやるよ」

 掴まれ、と命令口調で指示を出し、同時に小谷の腕を自分の首に引っ掛ける。
 自然に抱きついてきた小谷の喉を甘噛みしながら、片手は腰を抱き寄せ、片手は今年のクリスマスに買い与えたネクタイに向ける。

 慣れた手つきでスルリとネクタイを解かれて、小谷もようやくやる気になったのか、少し身体を起こすと、反対に今年のクリスマスにプレゼントしたネクタイを解き始めた。

 そこから先は、実に性急だった。
 鍵を掛けて誰も入ってこない密室とはいえ、ここは会社の中だ。しかも、階下で同僚たちが眠気を噛み殺しながら働いている。
 のんびりしている暇は二人にはない。

 肌蹴たワイシャツをスラックスから引き抜きながら、快感と多少の肌寒さからすでに硬く張り詰めた乳首に舌を這わせる。
 先にワイシャツを中途半端に脱がせてベルトに取り掛かっていた小谷に負けじと、男らしい硬めの尻たぶを揉み解しながら片手で器用にベルトをはずし、サッサとスラックスも脱がせると、自分の代わりに小谷をソファに押し倒した。

 付き合い始めた最初から、恋愛経験値は戸上より上だった小谷は、その気になれば実に協力的だ。
 自分で脱いで、というように中途半端に戸上を脱がせて、トロンと蕩けた視線で見上げ、欲情を煽る。

 互いに攻撃を仕掛けながら全裸になって、ようやく二人は唇を寄せた。
 最初は子供のような啄ばむキス。少しずつ舌を絡め、互いの身体を抱きしめ、足を絡める。

 唾液を交換するような激しいキスに持ち込みながら小谷の性器を軽く握れば、小谷はイヤイヤをするように首を振ってキスから逃げ、酸素を求めるように大きく息を吐き出した。

「はぁ……ん……」

 会社にいる間の小谷は、確かに社内公認の戸上の恋人だが、実にストイックな風情で、色気など微塵も感じさせない。
 それが、これだけ蕩けるのだから、戸上も自分に自信を覚えるというものだ。

 男性らしく立派に勃ち上がった性器をその手に宝物を包むように握り、目元も口元もとろりと蕩けているその色っぽい頬を撫ぜる。
 お返しに戸上のそれを握ろうとする小谷の手が、届かなくてパタパタしているのが可愛らしくて、戸上はくすりと笑った。

「もう欲しいのか?」

「……ゃん……もぉ……っ、イジワルっ」

 恋人としては当然とも言える焦らしに、小谷は素直に身悶える。
 今まで遊びで付き合った相手になら、この程度で甘く強請ることなどありえない。
 だが、相手は愛しい人。勝手が違うのだ。

 力などほとんど入っていない手でペシペシと叩かれて、それがじゃれているだけだとわかるだけに余計愛おしく、大した運動もしていないのに太る様子もなく華奢な身体の恋人を、戸上は強く抱きしめた。足を開かせて自分の腰を跨がせ、秘所に凶器の先端をあてがう。

 まだまったく解していない場所だ。いくら人に抱かれなれた身体だとはいえ、女性のように自然に濡れるわけではない。
 常識で考えれば、随分と痛むはずだ。

 けれど、小谷は逃げることもなく物欲しげに腰を揺らし、戸上もそれに合わせて自らの先走りを擦り付けた。
 腰を押さえつけて先端をもぐりこませると、小谷の眉間に皺が寄る。
 合わせるように深く息を吐きながら、戸上に抱きつくその力は、さすがに男のものなのだが、背中に爪が立てられることもなく、痛みと一緒に快感も感じているのか、恍惚とした表情だ。

「これが、良いんだよな」

 別に、痛みを欲しているわけではない。どちらかといえば、サド系の分類に入る性格の小谷だ。
 だが、セックスだけは、何をしても逃げようとしないのだ。それどころか、もう少し痛くして、と要求されることすらある。

 これが、若い頃に無茶をした小谷の、今に残っている代償だった。
 普通の手順どおりに抱いても、それなりの快楽は得られるらしいが、それでは満足できない。抱かれている実感が、湧かないらしいのだ。

 まぁ、とはいえ、戸上も小谷と似た者同士と言われるだけの事はあり、サドっ気の強い方だ。
 愛しい恋人に苛められたいと望まれて、俄然燃えることこそあれ、付き合いきれないなどと引くことはまずない。
 そういった意味でも、相性はバッチリ合っている二人だった。

 しばらく緩急つけて攻め立てて、小谷の身体が随分柔らかく解れた頃、戸上はその身体を腕の力で抱き上げて、ソファに座った。

 急に無理やり抱き上げられて、柔らかいソファとはいえ、座った衝撃はさすがに緩和されず、深くまで突き刺さったその肉棒に、悲鳴に似た嬌声が上がる。

「ひゃあぁっ」

「うっ。こら、そんなに締めるな」

「や、だって、いきなり……」

 ただでさえ、小谷が上に乗る格好では、自重で普段より深めに刺さる。
 それを、さらに座る衝撃まで加えて感じさせられれば、我慢が利くはずなどない。
 甘えた声で文句を言われても本気には受け取れず、戸上は意地悪く笑って、小谷の腰を掴み、前後に揺すってやる。

 抜き差しの動作がなくとも、そうして動かされることで、内壁の敏感な部分へ刺激が加わり、小谷は身体を起こしている力も失って戸上にもたれ掛かった。
 揺すられるたびに全身がビクビクと跳ね、もうすでに小谷自身の意思に身体の反応が従ってこない。

 こうなれば、後は追い立てるだけだ。
 荒い息を吐く唇にキスを落とし、さすがに社内なので思う存分に嬌声を上げさせるわけにもいかず、脱ぎ散らかした自分のスーツのポケットからハンカチを取り出して咥えさせる。

 その意図が正確に伝わった用で、小谷も嫌がらずにそれを噛み締めて、さらに片手で自分の口を押さえた。

「いくぞ」

 短い声掛けに、小谷も何度も頷き、ぎゅっと抱きしめてくる。
 自分の腰は動かさずに、捕まえた小谷の腰を強く引き寄せるように動かせば、快感に身をよじり、自分からした猿轡をものともせずに洩れ聞こえる快楽の声が、戸上をさらに突き動かす。

「んっ……んんーっ、ぅんっ……んぁっ」

「あぁ。イイぞ。俺も、もう限界だ」

「……んんっ? ……ぅふぁっ……んーっ」

「良いぜ、イケよ。俺も、イクっ」

 一際強く抱きしめられながら、自分も腰を大きくグラインドさせて。
 堪えきれず天井を仰ぐ小谷を、縋りつくように抱きしめた。
 二人の腹の間に飛び散った飛沫を感じつつ、自分もその奥深くに叩きつける。

「んんーっ、んぅ……んっ」

「っ! ……あぁ……」

 弛緩してくたりと戸上に身体を預ける小谷を支え、戸上もまた満足そうにため息を吐いた。

 本当に、この恋人が相手なら、どこででも盛れるらしい。
 口では誘っていたが、その実、軽くイチャイチャするだけのつもりだった戸上だが、そんな当初の思惑は、今では口が裂けても言えない。

 とりあえず、いつまでもこうしているわけにも行かないので、恋人を抱き上げてシャワー室へ移動する。
 さっと目視確認した限り、幸いソファには何の痕跡も残さずに済んだらしい。
 少しホッとする戸上である。

 多少タバコの臭いを身体に纏わせてからサーバールームへ戻れば、システムテストは何事もなく順調に進み、室内は実に和やかなムードだった。

 礼を言って鍵を返すと、社長は二人からかすかに匂う石鹸の香りに気付いたのか、意地悪く笑って、戸上に顔を寄せ、囁くように問いかけてきた。

「満足できたようだね?」

「……おかげさまで」

 それ以外に、戸上に答えられる台詞など残されていなかった。





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