番外1 社長の証言
何? 戸上君と小谷君のことが知りたい?
よしよし、お安い御用だ。何でも聞いてくれたまえ。
あの二人は我が社のシステム部において、大黒柱のようなものだよ。彼らの存在なしにはあの部は機能しないのだ。
確かに、私とて、同性愛を無条件に理解し許容しているわけではない。
だがね、彼らを我が社から手放すことと秤にかければ、優先順位は考えるまでもないのだよ。
彼ら自身の嗜好が、会社に影響を与えるかね?
彼らの存在が失われることは、会社にとっても大損失だ。
ならば、考えることは一つだよ。
まぁ、そうそう身近にあることではないからね。
戸上君をたびたびからかってしまうのは、大目に見てほしい。
戸上君と初めて会ったのは、彼がまだ二十一歳の若者だった頃だ。
もう十年も前になるな。
彼が大トラの運転手をしていたという話は知っているかい?
そう。今から見ればきっと意外なのだろうがね。事実だよ。
高校を卒業してすぐに我が社に入社した彼は、はじめは普通免許で宅配の仕事に就いていた。
大型の免許は、普通免許を取ってから二年は取れないからね。高校在学中に免許を取得した彼にも、さすがに無理だ。
制限期間を終えてすぐに大型免許を取って、彼は中長距離の夜間ドライバーになった。
私が初めて出会ったのが、ちょうどその頃だった。
横浜の支店でね。
ちょうど接待で横浜に出る機会があって、抜き打ちのつもりで帰りに支店に寄った私は、事務所の一部で蛍光灯をつけっぱなしなのに気づいた。
ちょうどバブルがはじけた頃だ。
経費節減を口うるさく言い始めた頃だったからね。電気のつけっ放しはいかんよ。
事務所の扉の前までは、誰でも自由に出入りができる。
そうでないと、深夜の配送が困るからね。
それに、ほとんど無防備に置かれた荷物はすべて、人の力ではなかなか持ち上がらない大型の荷物ばかりだ。
セキュリティ云々の前に、こんなものを盗む馬鹿はいない。
事務所のガラス張りの扉は鍵が開いていて、中に人の気配があった。
そこまで行って、あぁ、深夜便の従業員がいるのだと、理解した。
そこにいたのが、戸上君だった。
事務員にのみ与えられているパソコンを、自在に操っていた。
マウスを動かしているだけなら、ゲームでもしているのかと思うところだが、彼の指は規則的にキーボードの上を舞っていて、時折マウスを動かしていた。
何かの作業中であるらしい。
画面を覗き込めば、それはどうやらこの支店で使う運行表らしかった。
ただし、プログラムで一発作成できる優れもの。
「君はコンピューターのプログラムが作れるのか」
思わず声をかけていた。
それまでまったく気づかなかった、どうも半分居眠りしてたようだが、彼が、私の声に驚いてこちらを振り返った。
その顔を見て、ようやく、ずいぶん若い子だとわかった。一見して、二十歳そこそこだった。
当時はまだ私も知らなかった新しい言葉でいえば、イケメン、という顔立ちだった。
その甘いマスクは、今もまだ健在だがね。
その形の良い眉を寄せて、彼は実にぶっきらぼうに言い放った。
「誰だ、アンタ」
ここで、社長の顔も知らんのか、と激昂するようでは大人としてまだまだだ。
そもそも、この会社は規模が大きく、支店では社長の顔を直接間近で見る機会などまったくない。
わからなくて当然だ。
したがって、私はその時、当然のように名刺を差し出した。
トラックのドライバーをしている彼が名刺のやり取りなどしたことがないことは、そのときはまったく気づかなかった。
本社に戻してから改めて教育したものだよ。
自己紹介をしながら渡した名刺を食い入るように見つめた彼は、それから、困ったように笑い、顔を知らなかったことを素直に詫びた。
二十歳そこそこの子供だ。私にとっては遅くできた息子、という年齢。
この年代でこの素直さは実に貴重だとわかった。
システム部を立ち上げたのは、その一年後。もちろん、彼を立ち上げスタッフに引き抜いた。
大学も専門学校も出ずに独学でプログラムを作り上げた彼の才能を埋もれさせておくのはもったいないというものだった。
小谷君は、彼もまた、危うく貴重な人材を見逃すところだった。
大卒だが一般職志望でね。
採用後の名簿の中から、情報系の大学卒という異色を見つけなければ、きっと今頃大型トラックを乗り回していたことだろう。
彼も、私が自ら口説き落としたんだよ。
本人は、そんな責任のある仕事はしたくないと言って、頑として受け付けようとしなかった。
今はそれが何故だったのかを知っている。
何か問題が発生したときにすぐ逃げられるように。
経営者としては実に迷惑な話だけれどね。
彼にとっては、それは随分と必要に迫られた自衛手段だったに違いない。
あの二人がそういう関係だと知ったのは、二人が付き合いだしてから随分経ってからだったよ。
私も一応大会社の社長職についている人間だ。
システム部だけに注力していられる立場ではないし、むしろ、順調に軌道に乗ってからは立ち上げスタッフに任せきりにしていた。
戸上君はその立ち上げスタッフだ。そして、実に有能な人材であることもよく知っている。本当に心から任せきっていたのだ。
それを知ったきっかけは、たしか、噂話だ。
システム部ではなく、倉庫部から流れてきたな。
ちょうど、倉庫部のシステムを大改造する計画中で、この二人がシステム部のメインメンバーだったわけだ。
今もそうなのだが、二人はまさに阿吽の呼吸のわかる仲でね。
噂になるのも無理のない話だ。
当時から戸上君には格別の目を向けていた私としては、彼を窮状に陥れそうなその噂話は放って置けるものではなかった。
まぁ、結果的には余計なお世話だったわけだが。
本人は、あっさりしたものだったよ。
その性癖のことで社内から居場所を奪われるのであればそれでもかまわないと、はっきり宣言した。
彼の潔さは、おそらくは自棄に近かったのだろう。
けれど、それが私の意識を変えたのは間違いない。
彼らはまさに、無二の人材だよ。みすみす手放すなど、もったいないではないか。
今、わが社のシステム部を子会社化するのに当たっては、彼らに重要なポストに就いてもらうよう準備を進めている。
それは、わが社の主業務と離れた業種で、収益を上げることができると判断した結果ではあるのだが、その大半の要因に二人の存在が挙がることからも、自然な人材配置だと思われているはずだ。
しかし、私は、彼らに子会社の重役程度に甘んじて欲しくはないのだよ。
潜在的な経営手腕のある二人だ。性癖などに惑わされて埋もれさせておくにはもったいないというものさ。
まだまだ若い二人には、まずは、子会社の経営から会社経営を学んでもらって、ゆくゆくはわが社の経営に大いに関わってほしいと思っている。
そのためにも、彼らには私の経営理念を理解してもらえるよう、心を砕いてもらわなければならないからね。
生理的嫌悪を無視してしまえば、なんとも仲の睦まじい二人だ。
彼らを手中に収めようと思えば、その関係をからかって仲人役に徹するのも、警戒心を解かせるには有効な方策だろう。
おっと、これは二人には内緒だよ。
まぁ、そんな下心も、聡明な彼らにはとっくにお見通しかもしれんが。
まぁ、あれだ。将来有望な人材を手元において育て上げるための、弛まぬ努力の現われということだ。
うむ、そういうことにしておいてくれ。
戸上くんが、意外と恋愛ごとには不器用で、からかいやすい、というのは、今更言うまでもないのだがね。
何? 二人に結婚式をせっついているのは冗談か、だと?
いやいや。ぜひとも盛大に挙げてほしいものだね。
祝辞ならとうに用意済みだ。楽しみにしていてくれたまえよ。はっはっは。
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[mokuji]
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