呪詛依頼



 京都祇園。

 今に残る花街ではもっとも有名な街の名だ。

 志之武は、実家の仕事でこの場所にいた。もちろん、相棒も隣にいる。

 客はこの京都を拠点とする参議院議員の息子だった。指定された面会場所は、祇園の茶屋。

 何でも、通常国会会期中のこの時期、都内で仕事中の父に代わって、父親の政敵に対する呪詛依頼だそうだ。土屋家に対していろいろと懇意にしてもらっている手前、断れなかった祖父から懇願され、やむなく京都まで足を運んだわけである。

 一応、将来は土屋家を背負って立つ予定になっている志之武としては、政治的営業的な駆け引きもせざるを得ないのだ。そうでなければ、呪詛の仕事など引き受けたりしない。

 指定された茶屋で出迎えたのは、まだ少年の域と見える男性だった。着慣れた様子の着物姿で、恭しく腰を折る。

「ようこそお越しやす。お連れ様がお待ちかねです。ご案内いたします」

 すらりと姿勢の良い彼は、志之武と征士が着いてくることを気配で確認しつつ、颯爽と前を歩いていく。そもそも、場所柄、舞妓か芸妓あたりが出迎えに来るかと思っていた志之武は、少々面食らっていた。ただ、案内されるままに追いかけていく。

「大垣様。お連れ様がお見えです」

 立ち止まった部屋の前で声をかけ、障子を引く。中には、三十代ほどの男性が一人、座って待っていた。用意されていたのは向かい合う二つの膳のみ。

 志之武が正面に、その斜め後に征士がそれぞれ腰を下ろすと、ここまで案内してきた少年もまた部屋に足を踏み入れ、先客の斜め後ろに座った。

「ご足労をおかけしてすみません、土屋さん。この子も同席させたいんですが、構いませんかね」

「構いませんが、彼は?」

「私個人の用事でこの後約束している子なんですよ。彼にも無理を言って来てもらっているので、ただ待たせるのもかわいそうでね。事情は説明してありますから心配には及びません」

 年齢差や二人の距離感から、恋人とは考えにくく、わざわざ祇園の茶屋に連れ込む相手ということは、つまり男娼なのだろう。そこは深く突っ込みを入れるべき場所ではなく、そうですか、と頷くに留めた。

 実際、本当に事情を聞いていて立場を弁えているらしく、会話を右から左に聞き流して大人しくしている様子で、作業の邪魔もなさそうだった。

「では、始めましょう」

「お願いします」

 呪詛という行為は好きではないが、可能不可能で言えば、志之武にとって不可能ではまったくない。呪詛に失敗すれば呪者のみならず術者にも呪詛返しが来ることを考えれば、どうせ呪詛を行うなら徹底して完璧に仕上げるのが得策だ。

 呪詛返しを警戒して、征士は片膝を立てて持ち込んだ得物を構え、その姿を意識の端で確認して、志之武は胸元で手を合わせて目を閉じた。

 今回の呪詛を引き受けたのは、もちろん政治的な理由が一番だが、その目的にもあった。命を狙うものではけしてなく、二日後に予定されたとある法案の強行採決に最も警戒すべき敵対勢力の一人を、強行採決の時だけでも排除したい、というものだったのだ。
 つまり、何らかの事情を発生させて委員会審議に出席できなくさせれば良い。入院の必要な病気や怪我、プライベートな問題、スキャンダル、何でも良い。その場にいられなくさえすれば良いわけだ。

 命を左右する呪詛ならば、どんな理由があろうとも、志之武は引き受けなかっただろう。が、今回はそうではない。ついでに、素人目に見て、その法案には賛成だったりするのだ。ならば、引き受けるのに特に良心の呵責はなかった。
 まぁ、人の人生に故意も影響を与えるのだから、命に関わらずとも重大な仕事に変わりはないが。

 志之武も征士も微動だにしないまま、五分が経過した。

 依頼人も連れの少年も、何が起こっているのかわからないまま、ただ志之武をじっと見守っていた。

 ようやく顔を上げたのは、始めましょう、と宣言してからぴったり六分後のことだった。

「終わりました。明日にでも佐久間議員ご自身が体の不調を訴えて緊急入院することになるでしょう。軽いものですから、二、三日で退院されますよ」

「……いったい、何を?」

「少し生気を抜き取りました。吐き気や眩暈を訴えるはずです。まぁ、貧血と同じようなものと思っていただいてかまいませんよ」

 はっきり症状を宣言したということは、余程の自信があるのだろう。少年は驚いて目を見開くが、依頼人の方は満足そうに頷いた。

「ありがとうございました」

「お父上に、採決頑張ってくださいと、お伝えください」

 仕事が終われば、長居をする理由はない。半分は社交辞令だが半分は本気で応援の言葉をかけ、志之武は征士を促してその場に立ち上がった。

 見送りに出ようとする少年を片手で制し、ぺこりと頭を下げる。

「では、私はこれで」

 依頼人と連れの少年に見守られる中、二人は部屋を出る。作業時間、正味三十分。東京−京都間の移動時間の方がはるかに長い。が、これも将来土屋家を引き継ぐ運命の志之武には避けて通れない仕事だ。ともかく、無事作業終了したことにほっと一息ついた。




 この国で片手の数に入る陰陽師だと聞かされた、長い髪を背中で一つに結い纏めたスーツ姿の美貌の青年と、相棒だという色男を見送って、保は深い息を吐き出した。

 二人の存在感があまりに圧倒的で、息をすることも忘れてしまいそうなくらい、目を奪われた。自分の野望に向けて幅広く関係を持っている権力者や性商売の男たちも、みなそれぞれに立場柄強い存在感を持っているものだが、彼らは桁外れだった。

 男という生き物に対する見識はなかなか深いと自負していた保だったが、やはり人間という種族は奥が深いらしい。

「ボク、陰陽師の仕事ってもっと派手なものだと思ってました。護摩を焚いたり、祝詞をあげたり、しないんですね」

「彼は特別らしいよ。他の人にお願いした時は、護摩を焚いたり祝詞を上げたりしていたし、ものの十分で終わるなんてあり得ないから」

「強い、ってこと?」

「そう。どうしても失敗できない、って割増料金取られてでもどうしてもとねじ込んだところ、派遣されたのが彼だよ。次代の当主様らしい」

 世の中には内部事情がまったく漏れ聞こえてこないお家の事情を知っているのは、その支援者であるからに他ならない。京都を基盤とする政治家として、京都に本家を置く陰陽道の大家を支援するのは当然の成り行きだった。

 その内容を少年に話してしまうのは、水商売特有の守秘義務を信頼しているからに他ならない。高級クラブや料亭が極秘会合の会場に選ばれるのは、その守秘義務に対する信頼のせいだ。

「それより、保くんに会うのは半年振りだし、サービスしてくれるんだろう?」

「半年振りなのは、大垣さんがボクの夏休みにタイミングが合わなかったせいで、僕のせいじゃないですよ?」

「はは。悪かったね。だが、君に会いたいと思っていたのは本当だよ。ようやく時間が取れたんだ。会ってくれてうれしいよ」

 拗ねてぷいっとそっぽを向いた保だが、抱き寄せられれば素直に体を預けてくる。拗ねているのはポーズに過ぎず、会えばそうなることは承知の上で、彼に会うために学校のある山梨からわざわざ戻ってきたのも事実だ。

 大垣は、くっくっと喉で笑いながら、保の着物をはだけさせ、片手で帯をはずす。もともと男色趣味の大垣は、女性の着物より男性の着物を脱がせる方がきっと慣れているのだろう。あっという間に帯を抜き取られ、白い素肌が晒される。

 肌が白いからこそくっきりと残る痣に、大垣はにやりと笑った。

「学校に彼氏が待っているのかな? 情熱的な彼だね」

 胸に背中に首筋に腹にいくつも散らばった赤い痣。何しろ昨日突然呼び出したのだ。誰か他人に見られるとは思っていなかったのだろうから、客に対する配慮が云々と言える立場ではない。どころか、他の人間に付けられたキスマークが、余計に情欲をそそった。

「所有のしるしを塗り替えてあげようか。彼氏に叱られる?」

「ただのセフレですよ」

「そう?」

 大人の男として、特定の相手として名乗り出ることも捕らえることも考えていない大垣は、それをからかいネタとして掴むに留めた。歳相応には見えない大人びた保の困る姿が見たかっただけだ。それ以上の理由などはない。

 一方の保は、常連客の一人である大垣にからかうネタを提供してしまったことには後悔していたが、あっさり割り切って、彼に擦り寄った。

「塗り替えてください」

「今日は積極的だ」

「いつもじゃありません?」

「どうだったかな。半年も前のことはさすがに覚えていない」

「薄情だなぁ」

 ふふっと笑う保の額にキスを落とし、唇にもキスをして、笑う声を奪い取る。情熱的なキスは官能を呼び起こし、保が甘い息を吐き出したのを見計らって、大垣は次の間へ続く襖を引いた。すでに延べられていた布団に少年の体を横たえ。

「今日は私のモノだ」

「はい」

 抵抗する意思すらなく頷く保に、大垣は遠慮なく貪りついた。





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