パーティー編 1




 宮城県仙台市。新幹線も停まるターミナル駅にほど近い高層ビルのシティホテルで、その日は大小のホールを貸し切ってイベントが開かれていた。

 関係者と招待客を合わせて300人近い人数が集まったイベントで、参加者の大部分が女性というところも特徴的だ。

 大ホール入り口の立て看板には「ガーネット文庫創刊十周年記念感謝祭」と書かれていた。出版社関係のイベントであるのは一目瞭然のお題目だ。

 開始時間が昼過ぎという食事には早い時間帯であるため、軽食やお菓子類にソフトドリンクくらいの簡単な飲食物が壁際のテーブルに用意されている。夕食までの長丁場のため、休憩用に用意された椅子の方が大活躍だ。

 主題である「ガーネット文庫」というのが若い女性向けの男性同士の性愛を扱うジャンルを主としたものだけに、関係者も女性が多い。

 男性を探せば、経営者側に列する壮年の数名と社員らしい立ち働き方をするのがチラホラ見られる程度。

 それに、ホールの一角に集まった来賓の数名だった。

 二十代後半から三十代にかけての年代の彼らは、身につけている花飾りの色から、この出版社に創作物を提供している側のメンバーだとわかる。

 午後四時現在、四人のメンバーが集まって談笑中だった。いずれも現在の年齢を感じさせない若々しい容姿で、穏やかな雰囲気を身に纏っている。

 一人は、多少童顔で背も低めな整った容貌の男性で、この四人の中では年長者にあたる。本来はこのジャンルに無関係な短編メインの時代小説作家である。ペンネームを土方等という。

 一人は容姿容貌に特徴のない、けれど身振り手振りの様子が少し幼さを残している男性。こちらも本来はこのジャンルに無関係な長編シリーズものがメインの時代小説作家である。ペンネームを海藤太郎という。

 一人は腰まである長い髪をリボンで纏め結って、スリーピースのスーツが執事かギャルソンかと思わせる、美貌の青年。すでに三十代の年齢だが、背の低さと体格の華奢さも相まって、まるで男装の令嬢だ。こちらはイラストレーターとして名の知られた人物である。ペンネームは麻木香依という。

 最後の一人は他の三人より少し若い年齢で、それなりに整った容貌ではあるもののさして特徴のない青年である。デビュー当初からこのジャンルで活躍しているライトノベル作家で、ペンネームをこじまめぐみという。

 この場では数少ない男性としては肩身も狭く、仕事の関係でそれぞれが誰かしらと顔見知りのため、仲間意識も自然と強まるわけだ。

 正面の舞台では肩書きを持つ来賓が入れ替わり立ち替わり壇上に立っては長い挨拶をしている。四人ともさすがに飽きている様子だ。

 ふと何の気なしに出入口を振り返った恩が、嬉しそうに表現を和らげて手を挙げる。遅刻してきた顔見知りなのだろうとつられて視線をやった先には、美貌の男性の姿があった。麻紀の姿に見とれていた太郎が、上には上がいる、と改めて思うほどだ。

「トモさん、お久しぶりです」

 それは、イラストレーターだけながら十数年のキャリアを持つ大ベテランのTOMOだった。こっそり入ってきて、一角に固まっている男性陣に寄ってくる。

「古島さん、お久しぶりです」

「またトモさんってば。俺の方がずっと年下なんですから、敬語なんて使わないでくださいよ」

「だって、俺古島さんの大ファンだもん。次の予定はガーネット?」

「そうですよ。もう少しで締め切りなんです。また素敵なイラストお願いします」

「少し教えてくださいよ。イメージ膨らましておきますから」

「じゃあ、後でこっそり」

 クスクスと笑って答える恩に、友也もにこやかに微笑んで頷いた。仕事のパートナーであるらしい、と他三人がそれぞれに当たりを付けて納得した様子だ。

 それから、友也は見知らない人々に丁寧に頭を下げた。全員が誰かしらと初対面なので、数時間前の繰り返しにはなったが。

「イラストを描いています、TOMOと申します」

「土方です。初めまして」

「海藤です〜」

「麻木といいます」

「え、麻木香依先生? 俺、ファンなんです。お会いできて光栄です」

「こちらこそ。TOMOさんの絵は大好きなんですよ」

 イラストレーター同士きゃっきゃっと喜び合う姿は、二人とも美人だからなおのこと微笑ましい光景だ。

「それにしても、俺が言うのもなんだけど、皆さん物好きですよね。男でBLやってるって」

「いやいや、お二人がここの文庫で本出した時はビックリしましたけど、海藤さんも土方さんも元々は違うじゃないですか」

「違うかなぁ? まぁ、主題ではないかもだけど」

 ねぇ、と確認するように同意を求めた先は、作家仲間としてだいぶ長い付き合いになった友人で。話題を振られて、宏紀は軽く肩をすくめた。

「恋人が同性な分、禁忌感が薄いんだろうね。タロくんも彼氏とは長いでしょ?」

「生涯添い遂げるつもり。お義父さんに戸籍に入れてもらったんです。だから、今は戸籍上の兄弟ですよ」

「じゃあうちと同じ。うちは婿に来てくれた形だけど」

 学生の頃にデビューして時代小説作家で同性愛を扱うことも多く年齢も近いとあって、何かにつけて並び称される二人は、その分縁が深く仲も良い。

 二人が話の流れから明かした家庭環境に、友也も名乗りを上げた。

「うちも旦那が婿に来てくれた方ですよ。二人の独立戸籍だと手続きが面倒なので、親の戸籍が借りられると助かりますよね」

 しみじみ実感する場面があったのだろう。そんな友也に、首を傾げたのは麻紀だった。

「やっぱり、戸籍を同じにした方が良いですか?」

「うちは転籍のきっかけが父の健康診断なんですよ。要精密検査って結果が出て、恋人を置いて急逝した時を考えたらしくて。俺たちの分はついでです」

「てことは、お父上もなんですか」

「おかげさまで、家で肩身の狭い思いはしたことがないです」

 狭いどころか、家で一番のびのび過ごせている宏紀だったが。

「そういう意味でなら、うちは無理に籍入れることもないのかな?」

「どうして?」

「従兄弟なんです。赤の他人ではないし、焦ることなさそう」

「でも、家族の理解はもらっておいた方が良いですよ?」

 口を挟んだのは恩だ。わざわざ言及するのは、それなりの事情がありそうだ。

「旦那のご家族には嫁扱いしてもらってます。うちはそれ以前の問題」

「同性の恋人を認めてもらえないとか?」

「なるほど、古島さんはそうなんだ」

「そうなんですよぉ。旦那のご家族は理解してくれてるのに……って、もうっ。思わずノっちゃったじゃないですか」

 それ以前、という言葉に太郎が深い裏を嗅ぎとって混ぜっ返し、恩もノリツッコミで応戦する。

 同性の恋人を持つことでそれなりの人生経験を積むのか、はたまた別の理由があるのか。皆他人への気遣いがきめ細かい。詳細を口にせずに済んで、麻紀がホッと一息つく。

「けど、男五人集まって全員受ってすごい確率じゃないです?」

「そうだね。イベントがイベントだけに同性愛者が揃うのはあり得るけど、全員旦那持ちはすごい確率かもね」

「え? どうしてわかるんです?」

「だって、全員相方を旦那か婿って表現だもん」

「ん? ……お〜、ホントだ」

 振り返ってみたらしく、友也が感心した声をあげている。それを受けてニマッと人の悪い笑みを見せたのは、子供っぽい言動の目立つ太郎だ。

「皆さんラブラブみたいですねぇ」

「籍入れるくらいだから、確かにね。そういうタロくんだって、旦那様とは仲良しじゃない」

 太郎のからかう声に律儀に返したのは、学生の頃から太郎をずっと可愛がっている宏紀だ。宏紀のセリフに太郎はムフフと笑っている。

「性格も趣味も違うのに感性近いから相性良いんですよ」

「うちは性格も感性も全然違うけど、それでも長く続いてるよ」

「性格も感性も違うから長く付き合えるんじゃないかな?」

「自分と違うから面白い、って思える人じゃないと、性格も趣味もまるっきり違う相手とストレスなく付き合うのは難しいと思う」

「結局、馴れ合いにならないで相手をどれだけ尊重し続けられるかってことなんだよ」

 全員がやはり何かにつけて思うところがあったのだろう。持論を主張できるのは、恋愛小説に深く関わっている職業柄だといえる。常に考えを巡らせているからこそ、突然の話題にも対応できるわけだ。

「でも、男同士なんだから、受とか攻とか、固定しなくても良いと思わない?」

「そういうトモさんはリバ希望?」

「うーん。どうしたって痛いからなぁ。俺が慣れちゃってるから、わざわざ交代することないかなって」

「ってことなんじゃない?」

 皆そうなのかなぁ、とまだ首を傾げる友也に、恩が苦笑した。

「俺は、子供の頃から抱かれたい方でしたよ」

「子供の頃から、ってそれはなくない?」

 不思議そうに首を傾げる太郎に、恩本人もどうだっただろうと首を傾げたが。

「でも、初恋は小学生だったし、ぎゅって抱きしめられたいと思ってましたから」

 受け身願望があったので、当時から受属性だったのだろう、というわけらしい。

 俺も初恋が小学生だった、と手を挙げたのは宏紀だ。

「相手は今、旦那様だから、俺には唯一になっちゃったよ」

「他に目移りとかしなかったんですか?」

「今のところないなぁ」

「じゃあ、一生ないですね」

「おや。言い切る?」

「二十年近くないなら一生ないですよ。人間って、過去の経験に照らして行動を判断する傾向が強いので、あまりにも突拍子もないことはしないんです」

 断言するあたり、誰かしらの研究結果に基づいた統計学的見解なのだろう。へぇ、と全員で感心の声をあげてしまう。

「別に浮気願望もないですよね?」

「ないよ。日々平穏が一番」

 おっとり笑って答えた宏紀に太郎も同意を示して頷いたが、続いたセリフは平穏とは遠かった。

「事件は歓迎だけど、他人事であって欲しいかな」

「うわ、イイ性格」

「誉められちゃった」

「誉めてないよ」

 思わず突っ込んだ友也と楽しそうにじゃれあう太郎に、他三人は微笑ましい様子で見守っていた。

 式次第を無視して歓談を楽しんでいた間に時間はずいぶん経っていたようで。

「皆さま。隣の小ホールにお夕食をご用意いたしました。どうぞご自由にお召し上がりくださいませ」

 司会の女性からの情報に、集まっていた来客が三々五々移動していく。人の波を見送って、恩は肩をすくめた。

「のんびりしてたら食べるものなくなっちゃいますかね?」

「どうせなくなったら一回くらいは追加が来るだろうから、そのあとで良いや」

 暢気な太郎のセリフにみんな賛同のようで苦笑いして頷く。狭いとはいえホールと名の付く部屋なのだが、ブッフェ形式の料理が並ぶテーブルの周りは人で埋め尽くされている。

「皆さん、明日のご予定は?」

 人ごみに突入するのは早々に諦めていた麻紀が、同じようにここに残った人々に問いかける。まず答えたのは太郎の明るい声だった。

「午前中の新幹線で帰ります! 山梨は遠いんです!」

「お住まいが山梨なんですか?」

「副業の都合で」

「彼氏の仕事の都合ではなくて?」

「職場一緒ですけどねぇ」

 ウフフと笑うのは、つまり言葉遊びのつもりだったらしい。なんだノロケか、と友也がガックリしている。

「彼氏さんは留守番?」

「ついで旅行で一緒に来たけど、明日も仕事だからさっき先に帰りました」

「うちも。一緒に旅行に来て、彼だけ先に帰ったよ」

 手を挙げて同様を主張したのは宏紀だ。勤め人は大変だねぇ、と二人で軽く盛り上がっている。

「そういう麻木さんは?」

「一緒に来てますよ。暇潰しに松島行くって」

「松島、昨日行ってきたよ。さすが日本三景。スッゴイ景色だった。明日二人で行けば良いのに」

「じゃあ、また明日連れてってってねだろうかな?」

「良いなぁ。俺も寄って帰ろうかな?」

 ワクワク顔の麻紀につられたのか、友也も思案の表情だ。

「じゃあ、一緒に行きません?」

「でも、お邪魔でしょう? うちのは喜ぶと思うけど」

「あ、彼氏さんも一緒なんだ? 是非お会いしてみたいです」

 イラストレーター同士ならきっと楽しいだろう。いってらっしゃい、と宏紀がニコニコ顔で声をかけた。

「古島さんも一緒にどう?」

「ん〜。行きたいのはやまやまだけど茨城の彼の実家で待ってるのが一人と二匹ばかりいるから、残念ですけど」

 これで、二組での予定が決まり。後はお互いに彼氏を交えて相談しようということになる。

 話をしている間に隣の部屋も空いてきていた。

「ご飯取りに行こう」

 誰かが声をかければ拒否する人もなく。

 立ち去って行く彼らを見送って、周囲にいた女性たちがそれぞれに残念そうなため息をつく。

 ここに集まっているということはBLを生活の糧にしているということで、男には特殊な観察眼を持っている人がほとんどだ。その彼女たちの興味を掻き立てるそれぞれ違った種類のイケメン揃いでは、注目されない方がおかしな話で。

 宴もたけなわ、酒も入って夜はこれからというところ。

 たくさんの女性に囲まれてなお輝く彼らにとって、女難の試練はこれからが本番だった。

 まだ本人たちは気づいていなかったが……。





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