その5.福島編 〜綺麗な薔薇には刺がある〜 1




 早朝。

 二人は開いたばかりの駐車場に車を停めて外へ出た。

 まだ低い位置にある太陽は残暑の暑さを届けるに至らず、過ごしやすい陽気だ。

 とはいえ、日が昇るに従って気温も上昇するのは目に見えているが。

 場所は福島県会津にほど近い古い宿場の集落、大内宿だ。

 集落の入り口にはトタン屋根の民家もあるものの、真っ直ぐ伸びる旧街道沿いには藁葺き屋根がズラリと並ぶ。

 どこの家でも観光客を相手にした商売をしているようで、まだ開店準備が始まったばかりの各家は、土産物屋か食堂か宿泊施設かのいずれかのようだ。

 集落の中央付近には土地神を祀る神社があって大きな木造の鳥居が立っている。近くには資料館も作られていた。

 通り抜けるのに五分もかからない小さな宿場は、建物がそっくり残ったおかげで観光地として見事に存続していた。

 集落を抜けたところから街道は右へ逸れていく。その突き当たりは小高い丘になっていて、階段を上ったところには小さなお堂が建っていた。

 上から見下ろすと、どの家もほとんど同じ大きさの藁葺き屋根が折り重なるように並んでいて、背後に迫る山並みと相まって壮観といえる絶景だ。

 小さなお堂一つでいっぱいいっぱいの狭い敷地では立ち止まったりする余裕もない。キョロキョロと周囲を見回す麻紀の仕草で腰を落ちつける場所を探していると判断して、隆則は隣あった位置にもう一つある人気の少ない丘を指差した。

「あっちに行ってみよう」

 促されて、麻紀は子供っぽい仕草でこくっと頷いた。

 時々は旅行にも出かける二人は、普段なら麻紀はスケッチブック、隆則はカメラを携えての電車移動だ。けれど、今回は目的地が広範囲に渡ってしまったため、レンタカーを借りることにした。

 最終目的地は杜の都仙台。普段麻紀がイラストの仕事でお世話になっている出版社でイベントが企画され、招待を受けたのだ。

 本来招待された麻紀だけでイベントにのみ出席すれば良いのだが、麻紀の長距離移動に隆則が同行しないわけがない。今のところ最遠記録のため、ついでに観光を、というのは自然な流れというべきだ。

 少し急勾配の階段を上り、砂利道を少し奥まで移動していくと、集落を一望できる場所に出た。

 早速崖っぷちに座り込みスケッチブックを広げる麻紀に、隆則も慣れた余裕で微笑ましく見つめる。そして、絵描きに夢中の麻紀はそのまま放置してカメラ片手に周辺を歩き回った。

 開いたばかりの土産物屋で冷たい飲み物を調達して、隆則が戻ってきたのはそれから約一時間後のことだ。冷えたお茶のペットボトルを麻紀の視界を遮るように見せて、彼の意識を引き寄せる。

「そろそろ一時間経つぞ」

「え、もう?」

 目を丸くして驚いて問い返す麻紀に、今度は携帯電話を広げて見せた。画面に大きく表示されたデジタル時計が九時を過ぎた時刻を示している。

「この辺は蕎麦が名物みたいだな。どこの食堂も蕎麦だらけだった。飯にしようぜ」

 そう言って差し出された手に捕まって引っ張り上げられるように立ち上がって、麻紀は手早く画材を片付ける。

「お待たせ。お腹空いたねぇ」

「朝っぱらから飯も忘れて熱中しちまうんだから、自業自得だろ」

「その俺に付き合ってお腹空かせててくれるタカちゃんには敵わないよ」

 クスクスと笑ってそんな風にからかうことを言う麻紀だが、長い付き合いで遠慮がなくなっただけで、感謝しているのに変わりはない。気持ちは以心伝心するからこそ、隆則はただ笑うだけだった。

 食堂に入ると、先客がなにやら不思議なものを食べていた。かけそばのようだが、箸を使わずに長ネギに蕎麦を引っかけて口に運ぶ。しかも、その長ネギをかじっているらしい。

 メニューを見れば、一番上にネギそばと書いてある。

 こういうご当地ものに弱い隆則は、悩む間もなく注文を決めてしまった。

 麻紀が注文したとろろそばと一緒にやってきたのは、普通のかけそばに根元を落としたネギが一本刺さっているもので。そのある種の異様な光景に、隆則は迷わずカメラを構えた。




 朝ごはんの後は次の目的地へ移動。大内宿にほど近い、塔のへつりという奇岩景勝地だ。

 行ってみれば、川の浸食によって横方向に削られた崖は確かに面白い光景だったものの、規模は大したこともなく。それよりも車で横を通り抜けてきた最寄りの無人駅の風情に惹かれてしまった。木造の小さな小屋が木立の中に佇んで、ひと昔もふた昔も前にタイムスリップしたかのようだ。

 景観の規模に対して観光客が多く、麻紀の関心も向かなかったらしい。見所を一周して、次へ向かう。

 次の目的地は会津若松市市街地だった。案外近い距離で、到着は昼頃になった。

 観光の前にまずは腹ごしらえ、といきたいところではあるが。

「見るとこ見たら喜多方に行こうよ。ラーメン食べよ?」

 元々絵になるものが好きなだけで、史跡等の持つ歴史的背景には興味のない二人は、復元された鶴ヶ城や武家屋敷などは時間がないという理由で素通りの予定だった。

 では何故会津若松市に立ち寄ったかといえば。

「さざえ堂っていうのは是非見てみたい!」

 という麻紀の我が儘による。

 白虎隊終焉の地として知られる飯盛山にあるその堂は、どこから二階と呼ぶべきか不明なほど捻曲がって建てられていた。綿密に計算されているらしいしっかりとした立て付けで、何のためにこんな形で建てたのか、不思議になる。

 時間に余裕もないので絵描きは諦め、写真だけ撮ってサクサク次へ進む。

 全国的に有名な喜多方ラーメンに舌鼓を打った後は、食後の運動にと白と黒に斜めの格子模様がついたツートンカラーの蔵屋敷を見て回り、さらに次へ移動する。

 今回の福島旅行の主な目的地は、朝いた大内宿とこれから向かう磐梯高原なのだ。

 ガイドブックを見ていて、拡大地図に水たまりばかりなのが強く興味をそそった。

 五色沼と言って、有名な観光スポットであるらしい。すぐ近いところに今夜の宿を決めていたので、まずはホテルにチェックインする。

 これから五色沼を見て回るとカウンターで告げると、周辺の観光地図をくれた。徒歩一時間程度で回れる距離らしい。

 現在時刻は15時を少し回ったところ。夕食の時間を遅めに設定してもらって、二人連れだって出かける。

 麻紀はスケッチブックを背負ったリュックに突っ込み、隆則はカメラを首から下げる以外は手ぶら。

 日が暮れると一気に気温が下がると教えられて、持参していた薄手のブルゾンを麻紀のリュックに詰め込んでいる。絵描き中は座布団がわりだ。

 少し歩くとすぐに沼に出る。大小様々色とりどりな沼が、散策路沿いに八つあって、いずれも違った景色だ。

 とりあえず最後まで行って、ゆっくり同じ道を戻って来よう、という行程を示し合わせる。

 柳沼、青沼、瑠璃沼、弁天沼、竜沼、深泥沼、赤沼、毘沙門沼。

 青に緑に赤に、水生の違いから生まれる色は、見る人の目を飽きさせない。

 来た道を戻りながら、麻紀はどこに腰を落ち着けるか物色してあったようで、狙ったポイントごとに座りこんでスケッチブックを広げた。使う画材は色鉛筆。薄い色の普通の鉛筆でラフに線画を描いて、色鉛筆で絵に仕上げていく。

 その間は隆則は麻紀のそばを離れて、沼の周りを歩き回り沼と周辺の木々を写真に収めた。

 飽きて麻紀のいる場所に戻るとほとんど描き終えているところなのだから、時間配分は絶妙だ。





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