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 翌日。

 ゆっくり休んだ二人はチェックアウト時間ギリギリに旅館を出発した。

 自転車で回れなかった遠野市内の観光名所を巡った後、次の目的地へ向かう。友也の膝の上には東北の観光ガイド、カーナビが設定された行き先へ案内してくれる。

 雅にとって二台目の愛車は環境に優しいハイブリッド車だ。といっても、その前に乗っていた車を13年乗り続けて維持費がつらいほどボロボロに乗り潰した実績から、次は初期投資をケチらず維持費を抑えようと考えた末の結論だった。

 長い登り坂はさすがに燃油を必要としたものの、ほとんどの行程を充電分で乗り切った。ハイブリッド車の中でも性能に定評のある車だが、その実力はさすがの一言だ。

 到着したのは洞窟の前。観光用に整備されて、サンダルでも安全に回れるように足元も確保されている。

 名を龍泉洞という。

 洞窟内には地底湖があって、洞内を照らす明かりを受けてエメラルドグリーンに光っている。

 その湖を見下ろして、二人で顔を見合わせた。

「何色?」

「29、147、126かな」

「ん〜。36、109、130は?」

「あ〜。それもアリかぁ」

 その数字の羅列は、パソコンで使用する色彩を示したコードのようなものだ。通常はパレットで色を混ぜるようにツールを使って色を作るのだが、二人で仕事をしているということは二台のパソコンを使っているわけで、まったく同じ色を使うためにはこの数字の羅列が必要になる。

 そのおかげで、最近では色合いと細かい数値を結びつけて考える癖がついて、表現し難い色は数字でやり取りするようになっていた。

 それにしても、全く違う数値が出てきたということは、つまり固定し難い色だということだ。

「水の色って難しいよね」

「水自体は無色だからなぁ」

 水の色とは、当たる光と反射率からできる色だ。見る人の目がどれだけの色を拾うかにも左右される。

「素直に綺麗って言えよ、って感じ?」

「悪あがきしてんじゃねぇよ、って? 確かにその通りだね」

 誰もそんなツッコミめいたことは言っていないのだが。自分たちの職業病に近い反応を改めて振り返って、二人は同時に笑ったのだった。




 洞窟を出るとすでに時刻は昼過ぎになっていた。

 海岸へ出る途中の道の駅で軽食を調達し、食べながらその先へ進む。

 次の目的地は浄土ヶ浜。駐車場から遊歩道で海岸に向かえば、視界が開けた途端に二人同時に立ち尽くした。

 案内看板を見れば、血の池だの塞の河原だのとおどろおどろしい名前が書かれていたが、実際に目の前に広がる景色はどちらかというまでもなく極楽浄土の方だろう。

 コバルトブルーの穏やかな海に白い砂浜、海に侵食されてイビツな姿の白い岩にはへばりつくように緑の草木が生えている。

「何て言うか……」

「ん?」

「気の効いた感想が出ないよね」

「とにかく綺麗の一言だね」

「うん」

 半分呆然状態で景色を眺める。それから二人同時に我にかえり、互いに苦笑しあった。

 海岸沿いに歩ける道を見つけて進んで行くと、座って眺めることのできる場所を見つけた。

 早速荷物からスケッチブックを引っ張り出す。

 この景色を描き写さないなんて絵描き失格だ、というわけだ。そうは言っても絵の具の持ち合わせがないので、色合いを記憶に残すために写真も撮ったが。

 空の色が茜色に染まる頃、二人は追い立てられるように浄土ヶ浜を後にした。宿のチェックイン時間に間に合わなくなってしまう。




 二日目の宿は宮古にとっていた。せっかくの三陸だ。美味しいお魚をお腹いっぱい食べたい、というわけだ。

 旅行の計画を立てた時は釜石に泊まるつもりだったが、それはあまりに遠すぎたらしい。こうして夕飯時間ギリギリに到着したところから考えても、それで正解だったようだ。

「明日は大急ぎで仙台まで行かなくちゃね」

「岩手は広すぎだな。もう一日予定しておけば良かった」

 地図で見ればどうということもない距離に見える。しかし、山がちな地形に加えリアス式海岸のいりくんだ形状で、直線距離で計りきれない所要時間が必要になるのだ。

「また、今度はゆっくり来よう」

「宏春と哲夫も連れて来たいな」

「とすると、長期休暇か、リタイア後?」

「まぁ、老後の楽しみも良いだろ」

「一人も欠けなければね」

「みんな長生きするさ」

「だと良いよね」

 ベッドに折り重なるように寝転がって笑いながらの会話は、つまりこの旅が大満足だったことを物語る。この満足感を親友と呼べる友人と分かち合いたいと思うからこその会話だ。

「盛岡経由なら、南部煎餅買わなきゃね」

「明日の昼食は冷麺なんてどうだ?」

「良いねぇ」

 東北旅行のきっかけとなったイベントは昼食を終えてからの午後二時半開始予定。盛岡で早目の昼食をとって丁度良いくらいだろうと見積もる。高速道路のインターからは渋滞しやすい道だが、考慮の範疇外だ。

 あまり目立ちたくないので、最初から遅刻していくつもりでいたという話でもある。

「明日は先にホテル入っとくから、ゆっくりしておいでね」

「一人にしてごめん」

「いやいや、元々これがメインイベントなんだから。楽しんできて」

「うん」

 よしよし、と頭を撫でられて慰められて、友也が恥ずかしそうにはにかむように笑う。相変わらず美人の友也がすると妙に色気があって。

 宿に備えつけの浴衣の会わせ目が否応なしに目を引いた。

 時刻はまだ九時を回ったばかり。

「友也……」

「何に煽られちゃったんだろうねぇ」

 今度こそ楽しそうに笑う友也に覆い被さり、伺うように口付ける。友也も今日は上機嫌で、雅の長めの髪に指を絡めるように引き寄せた。

 大満足の東北旅は明日へ続く。





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