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 合流した岳志は、つり橋での騒ぎを後から聞いて現場に居合わせなかった不運を嘆いた。

 自宅までまたのんびり散歩して帰れば、不在だった家族が揃っていた。

 父は農協の事務職に勤めていて、妹婿は公務員。家族総出で働いているおかげで、土産物屋のわりに収入は安定している。

 息子の伴侶と二匹のペットに一番喜んだのは母だった。

 家族全員揃った夕飯の食卓で、改めて恩は全員に対して挨拶する。

「岳志さんとお付き合いさせていただいております、古島恩と申します」

 そんな、名前を名乗っただけの自己紹介に、母は何故か「あら?」と声をあげた。

「ご職業は確か……」

「物書きです」

「よね? 違ったらごめんなさい。タケトシ書いてる?」

「……え?」

 その質問はおそらく、知らない人間には全くわけがわからないし、わかる人間には驚愕の問いかけだ。何しろ、つい最近新刊が出たばかりの人気シリーズを略した名前なのだ。

 驚いて顔を見合せる息子とその恋人に、返事はなくとも肯定を覚り、母は満面の笑みで喜んだ。

「やだもう、岳志ってば、そういうことはもっと早く教えなさいよ。まさかこんな形でお会いできるとは思わなかったわ。私、先生の大ファンなんです! 来月の新刊も楽しみにしてるんですよ!」

 年がいもなく大はしゃぎの母と、唖然と固まっている妹に、父と義弟は苦笑するばかり。

「子育てが終わったら趣味に走るようになったからなぁ、母さんは」

「あら、何よ。これなら読めるって認めてくれたじゃないの」

「確かに。だがしかし、なるほど。男性の作家だったか。道理で飾り気の少ない読みやすい文章だ」

 どうやら父にも誉められたらしい。身内の賛辞には縁のない恩は嬉しい気持ちを抑えきれずに満面に笑みを浮かべて、深く頭を垂れた。

「ありがとうございます」

「やだ、そんな。お礼なんて言わないで。いつも楽しいお話をありがとう。わかってたらご馳走にしたのに、残念だわ。都会の人には良いかなと思ってこんな田舎料理にしちゃったけど。明日は楽しみにしてて」

「いえ、お気遣いなく。むしろ土地の家庭料理をいただけるなんてなかなかない機会ですから」

「そう? だったら遠慮しないでいっぱい食べてって。ケンくんとミーちゃんの口にも合うと良いのだけど」

 目の前に餌を用意されても人間の会話が済んでヨシをもらうまで大人しく待っていた二匹を見下ろして、まだ手が付けられていない事を知った母は少し慌てたらしい。

「待たせちゃってごめんなさいね。いただきましょう」

「いただきます」

 やれやれといった風に肩を竦めた父がようやく箸を取る。食事を始めるのは家長が最初だ。母が主導権を握っていても父を家長として立てていて、それがこの家の家庭円満の秘訣だ。

 恩は岳志も箸を取るのを待ってから、隣に並ぶペットたちを見下ろして手を合わせた。

「いただきます」

「わん」

「ぅみゃっ」

 恩の食事の挨拶は二匹にとってはヨシの代わり。よく運動してお腹が空いていたのだろう。見ていて気持ちが良いほどのがっつきぶりだ。

「良く躾られてるわね。猫に待てを教えるなんて大変じゃない?」

「誉められてるよ、ケン坊」

『いやいやそれほどでも』

「そこで謙遜しても、聞いてるのは俺だけだからね」

 クスクスと笑いながら飼い犬の反応にツッコミを入れた。二匹を挟んだ向こうの岳志は恩の電波な反応からケンがまた何かボケたらしいと判断して、ケンの頭をクシャリと撫でる。

 恩とケンの会話に慣れていない家族たちは揃って困惑の様子だった。




 翌日は観光との予定通り、みんな連れ立って水戸へ向かう。目的地は梅の名所として知られる偕楽園だ。

 目的地は何故だかお祭りのようで。

 運良く駐車場をゲットしてそれぞれにペットを腕に抱き、恩は岳志を見上げた。

「お祭り?」

「あぁ、萩祭りだな。そんな時期だったか」

 岳志は納得したらしい。地元民でないどころか茨城北部初上陸の恩には、この時期の祭りが不思議だが。

「萩?」

「あぁ。偕楽園は萩の名所でもあるからな。どうやら今ちょうど花の時期だったらしい。タイミング良かったな」

 園内は催しものならではの賑わいだ。ペットの同伴も制約はないようだが、放し飼いにしないようにと注意を受ける。

 園の入り口は人も多くテントも出ていたが、基本的に閑静な園内は周遊路に出れば人影もまばらになる。

 雑踏がなくなったところで、二人はペットを地面に下ろした。放すなと釘を刺されたので、二匹ともリード付きだ。

 猫が首輪にリードを付けられて飼い主の足元をおすましして歩く姿は、それだけで微笑ましく見えるのだろう。ケンの足りない足よりもミーの方が人目を惹いていて、いやな注目をされない気楽さにケンもずいぶんと機嫌が良い。

 こんもりとした低木の萩はまだ咲き始めのようだったが、萩の花を見たことのなかった恩にはそれでも興味津々で、芝の張られた庭に点在する萩の木をしげしげと眺めている。

 普段リードなしで走り回っている二匹は、広い芝生に触発されて自由になりたくてウズウズしているようだ。

「今日はダメだよ。さっきもおじさんに釘刺されちゃったからね」

『あ〜も〜。こんな広い芝生に転げ回れないなんて拷問だぁ』

「うにゃ」

 文句を言うケンに同意したのか恩の話しかけに応えただけなのか不明なタイミングでミーが短く鳴く。ケンの声は誰でも聞けるものではないから前者のはずだが、常にケンのそばで教育を受けているだけに微妙なところだ。

 園内の奥には、古い二階建ての家屋が建っていた。江戸時代築の重要文化財だ。

「九代斉昭の時代っていうと、いつ頃?」

「黄門様よりは後じゃねぇ?」

 歴史はあまり得意でない二人にとっては、何百年か昔の建物らしいという程度の認識だ。犬猫はさらに興味がないようで、早く行こうと飼い主を引っ張る。

「ずいぶん小さい家だったねぇ」

「当時は身長も低いからな、二階建ての家なんて広いくらいだろ」

「それもそうか」

 勝手に断言する岳志に恩もあっさり納得する。それから、何か思い出したようで手を叩いた。

「明日、江戸時代を舞台にしたお話をよく書く作家さんに会うから、話してみる」

「BLで時代もの? 誰かいたか?」

「BLメインの作家さんじゃないんだよ。俺もまさか会えるとは思わなかった。うちの棚に置いてあるよ」

「てことは、土方等? マジ? 良いなぁ」

「サインもらって来ようか?」

「頼む。是非とも」

 ぱんと手を合わせて拝む恋人に、恩は苦笑と共に頷いた。他の作家に熱心な恋人は同じ作家として面白くないが、その人が自分にとっても尊敬する相手なら話は別。むしろサインをもらう口実だ。

「明日は楽しんでおいで。ケン坊とミーには店番手伝ってもらおうな」

『任せといて!』

「うにゃっ」

 すかさず合いの手を入れるペットたちに和まされて、岳志と恩は顔を見合わせ笑いあうのだった。



※偕楽園はペット連れの入園はできません。この物語はあくまでフィクションです。





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