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 自宅から滝入り口まではケンの遅い足どりでも徒歩十分で着いた。

 混雑時は許されなかっただろうが、ちょうど客の途切れた時間だったのと入り口の窓口係が岳志の顔見知りだったおかげでペット同伴で中に入ることが出来る。

 観瀑台まではトンネルになっていて、薄暗いコンクリートの道が続く。ケンは首輪に久しぶりにリードを付けられて恩のすぐ横をひょこひょこ着いて歩き、ケンの散歩に付き合う他は基本的に家猫のミーは首輪に付けられた邪魔なリードを嫌がりもせず、彼らの周りをはしゃぎ回っていた。ミーのリードを持つ岳志が、紐が絡まらないようにとしきりに持ち直している。

 滝の音はゴーゴーとトンネル内に響き、音の正体がわからないケンとミーが不思議そうに先を急ぐ。

 ケンの急ぎ足は人間の歩幅にはちょうど良いスピードで、のんびりした道行きだ。

 トンネルの途中で脇道が二つあった。最初の脇道は出口になっていて、そこから出るとつり橋を渡って川向こうに行けると岳志が教えてくれる。

『つり橋? ただの橋じゃないの?』

「じゃあ、渡ってみたらビックリするね」

「なんだ、ケン坊はつり橋も初体験か。じゃあ、帰りはこっちだな」

「遠回りにならない?」

「結局同じところに出るから大丈夫だ。ずいぶん前に潰れた食堂の観瀑台が今も入れるからな、滝からは少し遠いがなかなかの景色だ」

 勧められて頷いて、帰り道の予定が立つ。初体験の期待にケンの足取りも心なしか弾んだ。

 二つ目の脇道は今向かっている観瀑台の下に位置するもう一つの観瀑台に繋がっている。だが、岳志はそれを素通りした。

「こっちは上より滝に近いからな、後のお楽しみだ」

 期待を持たせる説明で、それを理解する。後の楽しみは多い方が良い。

 しばらく歩いて現れた次の脇道は、今まで右に逸れる道だったのと反対に、左行きだ。

「これを左に行くと観瀑台行きのエレベーターがあるんだけどな。この先にトンネル事故の慰霊堂があるんだ。寄って行って良いか?」

「もちろん」

 拒否する理由などない。頷いて、岳志に従う。それはこの分かれ道からすぐのところにあって、交通安全を祈願する観音堂が設置されていた。

 わずかながらお賽銭をして手を合わせ、観瀑台行きエレベーターに戻る。

 普段から飼い主と一緒に毎日エレベーターに乗っている二匹は、見知らないエレベーターでも全然平気で飼い主の足元にじゃれついている。

 エレベーターの乗客は彼らのみだから、ペットの放し飼いでも遠慮がいらなくて助かる。

 エレベーターが運んだ先は、大きな岩山を滑り落ちていくなだらかな滝の真正面だった。

 幅の広い川がその幅のまま岩山に沿って四段に落ちる滝は、滝といえばほぼ直角を想像する人には目新しい景色だ。

 上の観瀑台から下を覗きこむくらいでないと全景を見渡すことが出来ない。それは滝の規模の巨大さによるものであり、向かいの岩山が至近距離に迫っているせいでもある。

 ペットたちの反応はというと。

 ミーは岳志の腕に抱かれて微動だにせずにポカンと口を開けていて、ケンは恩の腕に抱かれて同じく滝に目を奪われていた。

『メグちゃん。あれ、水?』

「うん、水」

『てことは、川なの?』

「そうだよ。上流と下流で段差があるから、落ちてるんだ」

『すごい』

「うん。すごいね。近いから、迫力がある」

 日本人は三という数字が好きなようで、滝にもそれは当てはまるのだが、この袋田の滝も三大名瀑の一つに数えられる全国有数の滝だ。

 他の華厳の滝や那智の滝に比べて知名度は低いようだが、さすがと唸らされる大迫力だった。

「上からの景色を堪能したら、次は水しぶきを浴びに行こうか」

 眺めている間にずいぶんと時間が経っていたようで、岳志が次の行動を促す。

 エレベーターを降りて来た道を戻り、後回しにされたもう一つの観瀑台に着く。

 下からでは一番上の段が全く見えなかった。だが、一番下の段は手が届きそうな目の前だ。水しぶきで設置されたコンクリート造りの観瀑台の床は濡れたまま、乾く暇もなさそうだ。

 手すりの高さに設置されたコンクリートの柵は厚みが十分にあって、ミーもケンもその上に座ってまたもや滝に見入っている。じっとしているとしっとり濡れるようで、時折身体を震わせて水を払い落としていた。

 観瀑台からは下流まで眺めることができる。滝の規模にしては細いようにも見える川に小さなつり橋が架かっていた。

「つり橋ってあれ?」

「小さいから大したことはないが、それでもいくらか揺れるからな。初めてだと怖いかもしれないぞ」

『つり橋? どれ?』

 狭い手すりの上を器用に歩いて二人のそばにケンが近づいてくる。足が足りずバランスが悪いので、本人は平気でも見ている方が怖くて、恩が慌てて抱き上げた。

 同じ道のりをやって来るミーの方はさすが猫で、足取りに危なげがない。

『落ちないよ、メグちゃん』

「見てて危なっかしいからダメ」

「そろそろ行こう。ミー、おいで」

「うにゃん」

 岳志に呼ばれて犬が吠えるような返事をして、ミーは軽々と床に降り岳志の足元に駆け寄る。返事をするときの鳴き方も飼い主に従順な性格も、犬を親として育った影響なのだろう。飼い主としては助かる限りだ。

 出口にいた係員は岳志の学友だったようで、懐かしそうに話し込むのを邪魔しないように、この先の観瀑台にいると声を掛けて先に行く。

 大人しく抱っこされた豆柴と飼い主の足元をおすましの態度で着いて歩く猫に、友人はその賢さに驚いて見送っていた。

 つり橋はトンネルを出たすぐ先にある。ミーとケンが川がすぐ下に見られることにこそ惹かれたようで、橋の真ん中まで駆けていって川を見下ろすように並んで座る。犬と猫が仲良く並んでお座りしている様子は、何度見ても微笑ましい。

 橋には乗らずに見守っていた恩は、少し待ってから足を踏み出した。ケンとミーほどの小動物なら大して揺れない橋でも、大人の男の体重では微動だにしないというわけにはいかない。

 ギシギシと音を立てて上下に揺れた橋に驚いて、ミーはその場に立ち上がって恩を心細い表情で見上げ、ケンはそのまま固まってしまった。

『メグちゃん。今、揺れた?』

「つり橋は揺れるもんだよ」

 クスクスと笑う恩は意地の悪い表情だ。恩が歩くのと橋が揺れるのが連動しているのに気がついたようで、首だけこちらに向けたケンが恩を恨めしそうに見上げる。

『動かないでよ、メグちゃん』

「動かなきゃそっちに行けないよ」

『う〜。でも怖い〜』

 少し慣れて身体を動かす余裕ができたのか、普段は上に丸まった尻尾がくったり垂れている。立っていれば後ろ足の間に挟み込んでいたのだろう。

 しっかり座っていて落ちる心配もないので、恩は揺れるつり橋を器用に渡って、ケンを抱き上げた。途端に震えてしがみついてくる。余程怖かったのだろう。

 ついでに、ミーも恩の肩までよじ登ってきた。こちらも怖かったらしい。

「だから、揺れるって岳志が言ってただろう?」

『こんなに揺れると思わなかったよぉ。大丈夫なの? 落っこちるんじゃないの?』

「大丈夫、大丈夫」

 ケンとミーを片腕ずつに抱いて、暢気に笑って楽々と向こう岸に渡ってしまう恩に、愛犬愛猫は尊敬の眼差しを向けていた。





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