その2.平泉編 〜藤の探偵団〜 1
仙台で行われるイベントに招待された太郎にとって、それはまたとない機会だった。
随分以前から行ってみたいけれど物理的距離に阻まれている土地だったのだ。
一つは、高校で出来た友人の保が家業の料亭から独立して温泉旅館を開業していること。何かの機会に是非と誘われている。
もう一つは、奥州藤原氏所縁の土地、平泉に行って見たかったということだった。
「だって、『五月雨の降り残してや光堂』だよ? 見たいじゃん」
そんなわけでイベント出席を二つ返事で了承して、東北旅行と相成った。
本来、イベント出席するのは太郎だけなのだから一人旅でも良かったのだ。しかし、目的の一つが友人に会いに行くことならば、同じく友人である正史が同行しないわけがない。
したがって、太郎は小さなナイロンのリュックを背負ってバイク用の大きなヘルメットを抱えて、仙台駅前に佇んでいた。
明日のイベント出席用の衣装は、「宅配便や何かで送ってくれたら受け取っとくで」という保の好意に甘えて数日前に送付してあった。
旅行の荷物はなるべく宅配便で、の方針は、今やアメリカロボット産業になくてはならない人物第一位に数えられる友人の影響が色濃い。
元々は、航空会社の手荷物の扱いが酷くて信用するなら宅配便に壊れ物シールを貼る方が良い、との事情があっての方針だったのだ。けれど、楽さを覚えたら電車使用の場合でもそちらを選んでしまうのは当たり前のことだろう。
ところで、何故ヘルメットを抱えて一人で立っているのか。
ブルッと震えた携帯電話をもたもたと開けて耳に当てるまで、所要時間15秒。相変わらず不器用だ。
「着いた〜?」
『今どこだ?』
「駅のお城方向の出口。タクシー乗り場がそばにあるよ」
その説明で分かったようで、少し待てと言うが早いか電話がブチッと切られた。信号か青にでも変わったのだろう。
またしばらく待っていると、見慣れた大型バイクがロータリーに入ってくるのが見えた。
つまり、太郎は新幹線で、正史は愛車で移動して、この場所で合流したわけだ。
「ホントにバイクで来ちゃったよ。疲れただろ。とりあえずお昼にしよ?」
せっかく来たからには牛タンははずせない。目星は付けてあったので行き先を悩む必要もなく、太郎は持っていたヘルメットを被って正史の後ろに跨がった。
まず向かったのは平泉だ。
金色堂のある中尊寺は、金色堂以外にも見所のある古刹だ。広い境内には日本や世界の各地から集まってくる観光客に対応するために英語の添えられた看板がたくさん立っていて、もちろん日本人にも案内良く作られている。
本堂伽藍でまず挨拶のためにお参りして、順路通りに巡っていく。敷地が広いので建物から建物までの距離も長い。普段運動不足の太郎にとっては、歩くだけでも良い運動だ。
バイクの運転で疲れた身体には太郎ののんびり歩きがちょうど良く、二人並んで森林浴を楽しみながら歩く。
途中で団体観光客の一団に追い越された以外は、時間がゆっくり流れている。
やがて金色堂に到着した。敷地の中でもだいぶ奥の方に配置されているこの場所は、理由を知れば意味が理解できる。これは平泉が奥州藤原氏に支配され栄華を誇っていた頃の、その支配者の廟所なのだ。
墓があるのは敷地の奥の静かな場所にというのは、おそらく日本全国どこも共通ではないかと思われる。
金色堂はそれを守るための一回り大きな建物の中に納められていた。そのおかげで千年近く昔の金がそのまま光り続けていられるのだろう。
もちろん、手入れが行き届いていることも理由だろうが。
「建物としては小さいが、墓としてはデカイな」
「ちょっと旦那。もっと知的な感想ないの?」
「他人の墓に感想を持つだけマシだろうが」
「それじゃあ身も蓋もないよ」
大体、政経とはいえ一応社会科の教師のくせに、しかも時代小説家が恋人だったりするくせに、正史自身はまったく歴史に感心がない。せいぜいが江戸幕末からの近代史だが、これも現在の政治経済に対する影響力によるもので、興味というより必修の範囲だった。
それでも、綺麗な物や趣のある物に対する審美眼は普通に持ちあわせているので、歴史を持つ観光地に旅行することを好む太郎と同行するには支障がないらしい。
「しかし、降り残すというか、これなら雨風に当たる方が不思議だろう」
「そこが詩人のセンスなんじゃん。わかってないなぁ」
「ほぅ。自分はわかるというんだな?」
「俺は芭蕉とはセンスの向きが違うからねぇ」
「うまく逃げたな」
くっくっと笑いながらの感想で、太郎も苦笑して返す。感性は違くても馬はあうのだ。互いに相手の個性は自分と違うほど面白いと思うからこそ、長く付き合っていられるのだろう。
中尊寺の後は毛越寺跡へ移動。その途中にいくつか見所もあって、ガイドブック片手にくまなく見て回る。
歩いても十分移動可能な距離だが、時間が限られていて移動時間がもったいない。バイクでの移動は小回りも効いて駐車スペースもあまり困らず、こういう観光地では良い乗り物だ。
毛越寺跡は、跡というだけあって本堂伽藍のない場所だった。庭園だけが残った公園だとガイドブックにはあるが。
「広っ」
さすが平泉。平安京を凌ぐ栄華を極めたと豪語するのも無理のない遺構だった。船を浮かべて雅楽を楽しみ宴を催したという往時の姿が目に浮かぶ。
広い人工池に配置された岩の姿は、教科書に載る写真の通りで。
「この辺?」
「あぁ。教科書通りだな」
高校が同じということは授業で使う教科書ももちろん同じで、だからこそ教科書で見た景色のイメージもまったく同じ。持参したデジカメで教科書と同じアングルを探して何枚も写真を撮る太郎に、正史も一緒になってあぁでもないこうでもないとはしゃぎあっていた。
「兵どもが夢の跡、か」
「長くは続かなくとも、栄華を極めたのは事実だ。夢の跡とは失礼だろう」
とことん芭蕉に楯突く正史の反応に笑った太郎も、この感想には文句がないようで、そうだねと頷いていた。
「なんか、この池好きだなぁ、俺」
「平安らしい豪華さを持ちながら、枯山水を思わせる岩の配置が侘びの雰囲気を同時に醸し出すからだろう。宮廷文化と武士文化の合わせ技は、時代の過渡期らしい面白さがある」
「なるほど、そうかも」
太郎が創作家ならば正史は批評家で、自分が興味を引かれた事物にはなかなかの観察力を発揮する。
正史の口数が多いのはそれだけ気に入ったということで、付き合いの長い太郎も満足げだった。一応自分の趣味に強引に付き合わせている自覚はあるのだ。
毛越寺跡を出ると、時刻は17時を回っていた。
これから出発すると宿の到着予定時刻は18時を過ぎてしまう。そのため、出発前に一本電話をかけた。
『お電話ありがとうございます。《旅籠屋 藤》でございます』
応答したのは聞き覚えのある若い男性の声で。
「ゆうくん?」
『お、その声はたろちゃんだな。久しぶり。今どこだ?』
「これから平泉を出るところ」
『なら、到着は六時過ぎだな。伝えとくよ。気をつけてゆっくりおいで』
さすがに地元民で、場所から所要時間を割り出したらしい。温かい言葉をもらってほっこりして、すでに出発の準備も万端の正史の背中に掴まる。
二人乗りの大型バイクは今夜の宿へ向けて走りだした。
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[mokuji]
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