ヤの付く自由業者の休日 1




「てか、旦那が来るとは思わなかったですよ」

 千葉にあるのに東京という地名がつけられた、アニメキャラクターをモチーフにした海外資本のテーマパーク『デゼニーランド』。その入場口前に並んで立って、孝虎は隣の男にそう言った。

 広域指定暴力団黒狼会系三次団体結城組組長結城孝臣。それが男の肩書き及び姓名だ。数年前に親組織の組長にそろそろどうだと促され、年の離れた恋人にも後押しされて独立したため、付随した肩書きだった。

 そんな一大決心をさせた当の恋人、美岐は、孝虎の恋人である春賀にじゃれついて無邪気に笑っていた。組の独立を機にせっかく手に入れた弁護士の肩書きを放棄し、未だ服役中の父と同じ姓も捨てて、質実共に結城組の姐として認められた立場を確立している人物だ。

 対立の事実こそないもののまったく違う組織に嫁入りしたはずの美岐だが、生まれながらに極道の世界で生き人脈を築き上げたおかげで、二組織の橋渡し役として双方に歓迎され重宝がられていた。本人が期待に応えられるだけの能力を持っているための重用だと思えば、恋人である孝臣も鼻が高いというものだ。

「そうか? 確かに乗り物には興味ねぇがな。デゼニーはけっこう好きな方だぞ」

「孝臣は可愛いモノとか好きな人だもんねぇ」

 近くにいたおかげで聞こえていたらしく、美岐がツッコミを入れてくる。隣で春賀も楽しそうに笑っていた。孝臣が可愛いモノ好きだなどと知らないはずだが。

「ミキちゃんに惚れる感性の人だもん。想像つくじゃない」

「そうそう」

 美岐も悪ノリして相槌を打つ。ちゃん付けもからかう口調も気にした様子はない。友人たちにはこの上なくおおらかな美岐は自分の可愛らしい外見も自覚があるようだ。

「美岐に惚れたのはそれだけじゃねぇぞ?」

「やだなぁ、分かってるよ」

 さらりと美岐の髪を掻き撫でながら真面目な顔で言うから、美岐は苦笑と共に頷いた。気持ちは嬉しいが、友人たちの前で言わなくても良いではないか。少し恥ずかしい。

 何故彼らが入り口前にたむろしているのかといえば、ここが待ち合わせ場所だからだ。約束の時間まで後十分ある。

 さすがに彼らの立場では彼らだけで行動するのは大変危険で、電車でここまで来ることはあり得なかったし、護衛をそれぞれ数人連れて来ている。極力ヤクザに見えない連中を選んだのだが、それでもゴツい男ばかりの集団は悪目立ちしていた。

 この日の参加メンバーはそれぞれに所属する組織の中で軽視出来ない立場の持ち主だが、中でも一番高い地位にいるのがまだ来ていない人物だった。

 広域指定暴力団関東双勇会系二次団体大倉組組長大倉七瀬。親組織においてまだ無役ではあるが、総長にも個人的に可愛がられているし、潜在力は計り知れないと内外共に注目を集めている人だ。

 その本人はといえば、待ち合わせの相手が全員揃っているのを見つけて駆け寄って来るような、少し子供じみた感性の持ち主だったりするのだが。

「おはよう! 結城さん、おはようございます。みんな早いねぇ」

 孝臣だけにわざわざ挨拶し直したのは、単純に彼だけだいぶ年上だからだろう。七瀬に飛び付くようにじゃれついて美岐が同じ挨拶を返し、そのまま後から追って来る七瀬の同行者に目を向けた。

 場所柄を考えて全員がTシャツかポロシャツに紺から黒のジーンズ姿。確かにヤクザだとは分かりにくいが、着なれないせいか似合っていない人物が若干見受けられる。

 もっとも似合わないと思われていた仁が、デザインTシャツにブラックジーンズで薄手の麻のシャツを羽織る組み合わせがよく似合っているのが意外ではあった。若い恋人の影響かもしれない。

 今日のメンバーは、企画人の孝虎に妻の春賀、孝臣、美岐、七瀬、晃歳、仁、雄太の計四カップル八名である。貴文と武人は、武人が休みを取れなかったのと貴文が幹部総出で遊びに行けないだろうと呆れて言ったおかげで不参加だ。

 そもそも、ゴールデンウィーク明けの平日に呑気に遊び呆けていられるのは、みんなが休みの日に仕事を頑張ったサービス業等従事者か普段から勤務時間の制約がない自由業の人くらいだろう。

 だからこそ、たまにはぱあっと遊びに行こうと企画を立てれば、使える日程はオフシーズンの平日くらいなのだ。貴文に呆れられる筋合いはない。

 まぁ、自分だけ恋人を連れて行けないせいで僻んだというのが真相だろう。

 ともかく全員揃ったので、孝虎は前もって用意してあったパスポートを全員に配り、行動を促した。

 せっかく集まるのだから日のあるうちは団体行動、と示し合わせていたため、ゲートをくぐって真っ先に七瀬が全員を振り返った。

「まずどこに行く?」

「まずはショップだな。パスポートケースとここで使う変装道具を手に入れたい」

 真っ先に自己主張したのが孝臣であることも驚いたが、その内容も不思議で。

「変装?」

「美人さんらはそのままで良いが、見るからに堅気じゃねぇ俺らは帽子なり耳なり付けてここの空気に溶け込まないと、余計に浮くぞ。ただでさえ、男ばかりの集団は目立つからな」

 なるほど言われてみればその通り。似合うかどこかは別にして、そんな変装をすることで「恐いお兄さん」が「浮かれたオッサン」になればこの場合は上出来だ。

 納得すれば決断は早い面々が揃っているからぐだぐだと立ち尽くすこともなく、全員揃ってショッピングモールに入っていった。

 まだ午前中で土産物店が空いているうちに留守番の組員への土産物を物色して宅配便を手配して、全員がなにかしらの被り物をして店を出る。

 ちなみに、春賀と晃歳は定番のネズミ耳、美岐はトラ耳、七瀬は斑模様のイヌ耳、雄太は白いネコ耳、仁はターバン風の帽子、孝虎は海賊風のバンダナ、孝臣はカウボーイハット。作品もキャラクターも組み合わせもてんでバラバラだ。が、意外にそれぞれで違和感がない。

 ショッピングモールは入り口から園内を曲がりくねって巡る周遊道路までを結ぶ直線道路の両脇に位置している。したがって、何軒か店を巡って通り抜ければ自然と周遊道路に出た。

 真正面に大きな園内の概略地図が掲示されていて、八人はその下に集まった。小さなパンフレットの園内地図では八人集まって眺めるには少し小さいのだ。

「どっちから回る?」

「空いてるからファストパスも要らねぇしなぁ」

「多数決で良いんじゃね?」

「はーい、右回りはこっち〜」

「左回りはこっちだな」

 分かれてみれば五対三。左回りに決まって、全員揃って歩き出す。

 変装したおかげで取っ付きにくさが軽減すれば、単純にそれぞれ違ったタイプのイケメン集団で。

 遠巻きにこちらを観察していた若い子連れのお母さんのグループが、歩き出した彼らを見送って、黄色い歓声を上げた。





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